序.生ヲ喰ウ祷リ

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序.生ヲ喰ウ祷リ

それを、部屋の隅に座る幼子は、ただ無表情に無感情に、全て見ていた。 四隅に置かれた燭台の薄明かりのみが照らす地下室で、一体どれほどの時間叫び続けたら、こんなに焼け付くように喉が腫れ上がり、砂をこするようながさがさとした音しか発せられなくなるのだろう。 最初、六人いた少女たち。 その最後の一人が、ゆっくりと近付いてくる男の影に、それでもなお叫び声を上げ、四肢を縛られながらも身をよじり必死に逃れようともがいた。 部屋中に、撒き散らされた肉の残骸の放つ赤黒い腐臭が立ち込めていた。 固い石の床には、さっきまで共に身を寄せ合い震えながらも励まし合っていた少女らだったものが、切り裂かれ、噛みちぎられ、砕かれ、溶かされ、腐り、散乱していた。 少女は、それらの中を這い進み、恐らく開くことは無いとわかっていながらも、外の世界へと通じる唯一の希望である分厚い鉄の扉を目指す。 が、ふいに両足を掴まれ身を滑らせ、床を埋め尽くす粘り気を帯びた液体の中にびちゃりと倒れ込んだ。 顔を上げ振り返った少女の目に映ったものは、追い付いた男が少女のふくらはぎを鷲掴みにし、愛おしげに微笑みながら爪を立て力を込め、食い込んだ爪が肉に突き刺さり握り締められ、筋繊維や血管や神経を引きちぎり床へと投げ捨てる姿だった。 少女がかすれ切った断末魔の叫び声を上げた。 もがきのたうち回る少女に、男は満足気に何度か頷くと、今度は少女に馬乗りになり、少女の顔面に大量の唾液を浴びせた。 唾液の付着した部分が見る間に黒く焼けるように溶け始め、左目を焼き皮膚に深い穴を開け臓器や骨をのぞかせる。 そして息も絶え絶えに痙攣し始めた少女の片腕を男が掴み、口元へと運んだ。 あぁ、これは、肉と骨が砕ける音、だ。 隣の家のおじさんがこっそり飼っていたアリゲーターが骨付きの豚肉をむさぼっていた時の咀嚼音を思い出す。 人間にもそんな顎の力があるのかな。 あまりの苦痛に脳が麻痺し現実の感覚を切り離し始めたのか、ぼんやりとそんなことを思ったのも束の間、少女は身体の損傷とは別に、激しい寒気に襲われ震え始めた。 傷を負っていないはずの箇所まで、全身のあらゆる部分が痛い。 その痛む箇所が黒く変色していくように見えるのは、朦朧とした意識のせいか。 急速に漠とし薄れていく意識の中、ふいに少女が目指した分厚い鉄の扉が外から叩かれ、 「儀式の準備が整いました」 扉越しにくぐもった声が届いた。 呼ばれた男は、すぐには返事をしなかった。 馬乗りのまま少女の頭を抱き上げ、その腕の中で尽きようとしている幼い命を、愛でるように目を細めしばし眺めていた。 再び扉が叩かれる。 男は残念そうに首を振って立ち上ると、少女の前髪を一束握り、一気に引き抜いた。 引き抜かれた反動で床に投げ出された少女は、もはや身じろぎ一つすることも無く、虚ろな目で、扉の方へと去りながらその手に付着した毛を払う男の背と、その背を追って立ち上がり歩き出す幼子を、見送っていた。
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