ニ.ロケハン

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「ここのどこが楽園? 本島(ムンベロ)の方が遥かに楽園だったじゃん。 もう戻ってリゾート満喫系(リゾマ)動画に切り替えよ?」 ソファに腰を沈め、朝比奈の差し出したアルファ米をアテにビール缶をあおるめろみゆが、強めの口調で提案する。 クペトゥ島に来てからろくな思いを一つもしていない彼女からすれば、至極当然の意向であろう。 だがその彼女の言葉に、城戸がはっと顔を上げた。 「あぁ、そうだ、それだよ、俺が感じてた違和感(ストレンジ)アンド予感(ハンチ)。 すっかり忘れてた。 ありがとう、めろみゆ」 もやが晴れたような表情を浮かべた城戸が、めろみゆに向かって指を鳴らした。 「はぁ?」 余計なことを言ったか、と少し後悔し、めろみゆが顔をしかめる。 「まぁとにかく『楽園(ヤトピ)』さ。 いわゆる南の島なら、行けばすぐに誰にでもわかる楽園らしい景色が広がってるわけだけど、ここにはそれが無かった、もしくは気付かなかった。 もしもその楽園らしさを島の売りにしてるなら、あんな宴よりもそっちを披露してるはずだが、それも無かった、もしくは披露していたけど文化認識の相違(カルチャー・ギャップ)で理解できなかった。 だがここで、さっき朝比奈さんとも話してた彼らの『わざとらしさ』が引っかかる」 「わざとらしさぁ?」 もったいぶったような回りくどい城戸の講釈に、めろみゆが面倒臭そうに答えながら一気に飲み干し空になった缶を振る。 その缶を、いつの間にかリビングに来ていたナルが受け取り素早くすり替えるように、蓋を開けた新しい缶を手渡した。 「つまりね、よそ者には楽園(ヤトピ)を隠して派手でベタなフェイク・ショーでも見せて追い返そう、ってことだったんじゃないかな。 となると……」 城戸がタブレットにクペトゥ島の航空写真を表示し、限界まで拡大する。 やはり解像度が低すぎてほとんどモザイクがかかっているような状態ではあったが、実際に上陸してみた感覚から、なんとなく、港と広場の位置と雰囲気はわかる。 その上で島全体を見ると、それ以外の場所、広場に辿り着くまでの道の左右、つまり東西に広がっていた農地、そして広場の北側にも広がる農地、さらにその北側には、農地とは若干色合いの異なる深緑色のフィールド、これは恐らく森のような場所ではなかろうか。 広場以外は基本的に立ち入りも撮影も不可。 似つかわしくない高級車。 隠された楽園(ヤトピ)。 「ふんふん……それならそれで、面白くできるのかも、しれないな……」 「イヤな予感ぁん。 超テリブル・ハンチぃ」 一人何度も頷きながら目を輝かせ、タブレットを操作しスケッチブックにペンを走らせ、島の地図やメモ書きで埋め尽くしていく城戸に、めろみゆが大きな声で遠回しの抗議を伝える。 が、まるで耳に入っていない様子の城戸は、やがて「よし」と、テーブルの上のスマホから充電ケーブルを引き抜いて立ち上がった。 「朝比奈さん、ナイトスコープ充電してある? ちょっとロケハン行ってくる」 その言葉に驚いた顔で見上げる朝比奈の答も待たずに、城戸はリビングの入り口で成り行きを見守っていたアルマの元へ足早に近付くと、コーヒーカップを受け取り一気に飲み干した。
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