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月夜の公園の駐車場。
羽虫が群がるポールライトの下、茂みに向かって一台の車が停まっている。
母は軽やかな足取りでその助手席に乗り込む。
僕が後をつけているとも知らずに。
あの車どこかで見たことがある。
僕は記憶を巡らせながら、車の中が見える位置にそっと移動する。
茂みから慎重に車の中をのぞいて、驚いた。
僕の友だちの父親が運転席にいたからじゃない。
あんなに幸せそうな母は初めて見たからだ。
僕は母が嬉しそうに会話しているのをしばらく呆然と眺めていた。
やがて車のエンジンがかかり、一瞬母と目が合った。
その目でわかった。
母は僕が見ているのに気づいていた。
あの蔑むような目はいつも僕を見る時の目だ。
別れた父そっくりの、僕の目を。
僕は目をそらせなかった。
でも母は知らないふりをした。
そして車が勢いよくバックし、駐車場を出た。
どうして僕は母の気持ちをわかってあげられなかったんだろう。
母はきっとずっと寂しかったんだ。
僕はしばらく拳を握りしめて空を見つめていた。
それから母は二度と戻って来なかった。
まだ僕が中学を卒業する前だった。
今、あの時の母と同じくらいの年齢になった。
膝の上で寝息を立てる娘の頬に、優しい月の光がさす。
母も幸せでいるだろうか。
月夜の度、あの日の母を思い出す。
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