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「もう捨てようかな」
「なにをですか?」
怪訝な顔でニシダくんがたずねた。思ったことが口に出ていたらしい。
「ああ、いろいろ?」
日曜日、休日出勤の昼時、社長のおごりのデリバリーの高級中華弁当を食べながら、リカは答えた。
そもそも、日曜日に社長が呼び出すからこんなことになるのだ。
なかば義務でチェックしている友人たちのインスタグラム。親友の、ナオのアカウントで、ピタリと手が止まった。
「ユメとランチ」
ナオの好きそうなおしゃれカフェでおしゃれランチプレート。
現在進行形。
そこに写りこんだ男の腕。よく知った腕時計。今朝までいっしょにいたコウヘイの腕時計。
これ見よがしに。
わざとらしく。
なんでだ。
なんで三人いっしょにいるのだ。コウヘイからもナオからもなにも聞いていない。
秘密ですか。
内緒ですか。
カノジョのわたしにかくれて、ナオとユメと三人で会っているんですか。
そうですか。
「あした、ちょっと会社に来てくれる?」
社長から電話が来たのは夕べのことだ。だいたいこの人はいつも思い付きで他人を振り回す。全人類が自分のいうこと聞くとでも思っているのか。
「ごめん、あした呼び出された」
となりにすわるコウヘイにそういうと、彼は少々残念そうな顔をした。
「そうか、しかたないね」
とくに予定もなかった日曜日。たぶん部屋でだらだらと過ごすことになったはずだ。つき合いはじめの勢いと情熱はすでに薄らぎつつある。
が、緊張感のないゆるゆるとしたコウヘイとの時間が心地いいのもたしかである。
律儀に出社してきたのは、リカとニシダくん。ほかの社員はコンプライアンスにのっとってちゃんとおやすみ。
「マリモ工業(株)どう思う? 買収しようかと思うんだよね」
と社長は資料を見せてくる。
それ、明日でもよくないですか。
でもたぶん、社長なりの目算があるのだ。凡人には感知し得ないなにかが。 さすがは時代の寵児。話題の起業家。カリスマ社長キリタニ ケイト。
付き合わされる社員はけっこう迷惑だ。こんな調子だからプライベートを削られる。とくにキリタニに近いポジションの者は。
もしかしたらコウヘイに似た誰かかもしれない。
かすかな期待を込めてもう一度インスタグラムを凝視する。
残念ながら、どう見てもやはりコウヘイである。
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