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11
「勝ちってなんですかね」
ヒガシダくんが聞いた。
「さあ、なんでしょうねぇ」
リカはぼんやりと答えた。
そんなのわかるわけない。
コウヘイの横がナオの勝ちならそうなんだろう。でも少なくともリカの勝ちはそこじゃない。札幌に行く前だったら喉から手が出るほど欲しかったそのポジション。
今欲しいかといわれたら、そうでもない。くれるというなら、ありがたくもらうかもしれないけれど。なにかを蹴落としてまで手に入れたいという情熱はない。
その価値観の違いを見せつけたのは、ほかならぬナオとコウヘイなのだ。
時間軸がちがうのだ。ぬるい平穏にひたっているあんたたちとは。
キリタニの一日はたぶん四十八時間ある。凡人とは違う。そうでなければ、あれだけの仕事をこなせるわけがない。へらへらしているくせに、その仕事量はリカよりもニシダくんよりもずっとずっと多いのだ。
そのパワーに周りにいる人間も否応なく巻きこまれる。リカもニシダくんもヒガシダくんも。
まるで台風の目だ。
周りのエネルギーを根こそぎ吸い込んで、さらにパワーアップしていく。うかうかしていたら吹きとばされてしまう。そうならないためには、いつも気を張って踏ん張っていなければならない。
そんな緊張感の中で、つねに張りつめているリカにとってぬるい平穏に満足できるはずがない。
もう、ステージがちがうのだ。野球とボルダリングくらい。比べるのは無意味。
年収一千万。タワマンに住み、ルブタンを常用するリカ。高級ホテルのランチはあたりまえ。
かたや、ごく一般的なサラリーマンのコウヘイとその妻。気負ってホテルのランチブッフェにやってくる。
持っているもの、いないもの。
捨てたもの、捨てられなかったもの。
「捨てていいものを見極められた人が勝ちかしらね」
ぽつりとリカがいったけれど、ヒガシダくんはもう次の打ち合わせの資料に没頭していた。二十四才のヒガシダくんには人員整理はまだ必要ないんだろう。
それでいいのだろうな、若いうちは。
時間をかけて増やせるだけ増やせばいい。そのうち、いるものいらないものの整理が必要になる。ちゃんと見極めていらないものを捨てるのだ。
そのときまでに、決断する勇気を身につけなさいよ。とリカはヒガシダくんにいいたい。
ナオはいまだに、必死に「いいね」を追いかけているのだろうか。きょうのランチブッフェも必死に写真を撮るのだろうか。夫と子どもをさて置いて。
なんだか、夏休みの絵日記のためにどこかへつれて行けという小学生のようだな、と思った。
――勝ちも負けもないのにな。
「バカらしい」
リカは思う。
他人と張り合ったって、意味なくない?
「これからのきみになにが必要で、なにが必要じゃないか」
札幌行きの話をされたときに、キリタニが言った。
「答えが出たんじゃない?」
すぐそばで彼が笑っていた。
出たかもね。
ひとつの曇りもなくピカピカに磨き上げたルブタンのつま先を見おろしながら、リカはそう思った。
キリタニの瞳の奥に潜む熱には、もうしばらく気がつかないふりをする。
fin.
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