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夫の言う通り、確かにその夜の月はいつもと変わって見えた。
昨日までの月が十円玉としたら今夜のは五百円玉だ。大きくて光沢を帯びており、なにやらクレーターのへこみ方も作り物めいている。
「変ねえ」
ひとりごちる私を、ラッキーは頭を低くして見上げた。ワタクシに何か不手際がございましたでしょうかとでも言いたげな、びくびく怯えている顔だ。
このあたりは街灯も少ないので、夜道では安全のために光る首輪を付けさせている。七色に点滅するので、まるで胸に小さな花火を抱いているようだ。
愉快な点滅とラッキーの表情があまりにもミスマッチで、なんだか気が抜けてしまう。
まあ無理せずコンビニの看板が見えてきたら引き返すか――そう思って田んぼ道を歩いていた私は、どきりとした。
鉄塔の影で何かが動いた気がしたのだ。素早くて細長くて、平べったくて、それでいて何か途轍もなく大きい……。
思わずリードを短く握って、私は立ち止まった。
異様な雰囲気にラッキーはすっかり怖気づき、尻尾を後ろ脚の間にひっこめている。
「もし、お嬢さん」
高くも低くもない奇妙な声の出どころは、足元だった。道のはしに、男……いや、女……性別不詳の何者かが、露天商のごとき店を敷物に広げて座っている。
「寄って見ていかれませんか」
「ヒェッ……」
見るからに怪しい客引きに私は我ながら情けない声を漏らした。
ここは田舎の田んぼ道で、日中はともかく夜ともなるとひとが通ることはめったにない。だからラッキーを散歩させているのだ。
こんなところで店を開く人間は、どう考えたってまともではない。
「いえ、その、犬も連れているので……」
ざっと敷物に視線を走らせると、どうもアクセサリーか何かを売っているらしい。万が一にもラッキーがパニックを起こして売り物を台無しにでもしたら、ことである。
早々に退散しようとした私は、意外な抵抗にあった。臆病なはずのラッキーがふんふんと鼻を鳴らして、私を露天商の元へと引っ張っているのだ。
闇の中で、露天商が笑う気配がした。
「大きな犬ですね」
「は、はぁ……」
ラッキーは中型犬だ。地べたに座っていると大きく見えるのか、と思って横を見て、私はぎょっとした。
本当に、大きいのだ。せいぜい私の膝くらいの大きさだったラッキーの頭が、今は腰のあたりに来ている。
もしやこの露天商が幻覚剤か何かを撒いているのかと、ついドラマのようなことを考えたが、あたりには匂いもなく、ただ寒々しいような月光が射しているばかりだった。
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