0人が本棚に入れています
本棚に追加
「い……いったい、ここで何を売ってるんですか」
興味よりも不信感が募っていたので、私の言い方は客というよりクレーマーのようだったかもしれない。だが、露天商が気にする様子はなかった。
「わたくしどもは闇を商っております」
闇。
ますます混乱する私の目の前に、露天商はすっとクリスタルの飾りがついたペンダントを翳してみせた。
暗くて色はよくわからないが、底のほうに何かモヤモヤしたものが溜まって、いや、蠢いているように見える。
露天商は熱っぽく語った。
「『昼夜』とか『明暗』とかいう嘘の言葉が蔓延しているので皆さん誤解しがちなのですが、光と闇を抱き合わせ商品のように考えるのは間違いです。その証拠に人工の光とは言うけれど人工の闇とは言わないでしょう? 太古よりすべての闇は自然です。目を閉じればすぐそこにあり、私たちを癒すもの。あの安っぽい太陽光などとは根本的に本質が異なります。闇こそが本物であり、光とは闇を真似た下手な贋作でしかありません」
「はぁ……」
「そしてね、お嬢さん」
露天商が口を閉ざしたとたん周囲が静まりかえった。田を渡る風の音も、虫の声もなにも聞こえない。私はいつの間にか小さな少女になって、ラッキーの太い胴に腕を回していた。
「ここだけの話、闇というのは太古の文字なんです」
あたりの闇が、いっそう濃くなった。私は子供のころのお気に入りだったジャンパースカートを着ているのだが、それもよく見えない。
うわっと湧いた虫のような文字が私の体じゅうを覆い隠しているからだ。目にまで入って来て、慌てて目蓋を閉じるのだが、閉じたところにもまた闇があり、それらはすべて夥しい量の文字がひしめき、蠢いて重なり合った痕なのだった。
最初のコメントを投稿しよう!