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世界の終わりを告げるのは(R15)
潤いに満ちた唇が、カップの縁を咥える。
オレンジ色に近い液体は、そのぷっくりとした小さな洞穴に吸い込まれ、華奢な喉を上下に動かした。
髪は肌の色と対照的に真っ黒で、それでいて野暮ったい印象はなく、櫛通の良さそうに卵型の輪郭を包み込んでいる。
僕の目の前にも、彼女と同じカップが置かれている。ゆらゆらと絶えず登り続ける湯気は、亡霊が社交ダンスを嗜んでいるようで、何だか手をつける気にはならなかった。
上空には赤黒い月が登っている。妙に大きくまんまるなそれは、ボコボコとした肌を見せていた。しかし奥行きの感じられないのっぺりした見た目に、作り物じゃないかと疑った。実はあの月はハリボテで、裏側にフックがかけられているのではないだろうか。
僕は見上げてみたが、この空の上に釣り糸を垂らせるような天井は見当たらない。
砂だらけの地面の上には、シミ一つない絹のテーブルクロスを敷いた西洋風の机と、セットの椅子が二脚だけ置かれている。一つに彼女が座り、対面の一つは僕が占めた。
「お上がりなさい。紅茶が冷めてしまうわ」
彼女は再度、カップに口をつけながら微笑んだ。頬にかかる毛先が左右に揺れる。
「怖いなら、毒味でもしてあげましょうか」
「君は誰?」
僕の問いに、彼女は首を横に振った。
「人の話はちゃんと聞くものよ。お上がりなさい」
仕方なくティーカップの取っ手に指をかける。口に含むと、温かい液体は意思を持ったかのように、滑らかに喉に落ちていった。特別な味はしない。ただの紅茶だ。
「さあ、こちらはいうことを聞いたよ。今度は僕の番だ。君はいったい、何者なんだ?」
「そんなこと、どうだっていいでしょう」
彼女は僕とさほど年齢が変わらないように見えた。ふっくらとした白い頬には産毛が光り、上向きに伸びた長いまつ毛は、黒い着色料を塗って作られたものではなさそうだ。しかし胸元には確かな膨らみがあり、首元と同じ色をしたきめ細やかな肌があると想像できる。品定め中の視線に気づいた彼女は、余裕たっぷりに微笑んだ。
「そんなに私のことが知りたいのね」
彼女はそう言って立ち上がり、僕の膝の上に跨るように抱きついてきた。首筋に顔を埋め、腕を絡める。人工的な花の香りと、女の汗が混ざった匂いがした。
「あの赤い月、とっても素敵でしょう。まるでこれから起こる素敵な出来事を予告しているみたい」
「へえ。どんな出来事が起こるって言ってるの?」
期待を込めて、くびれた彼女の腰に手を伸ばす。薄手のブラウスをそっと押しあげると、真っ白な肌が露わになる。
「世界の終わりを告げているのよ」
ふうん、と気のない僕の返事に、彼女は大層ガッカリした様子で肩を落とした。
彼女には悪いが、今僕はそれどころじゃないのだ。意識は完全に目の前で一枚一枚脱がされる女の体に集中している。会話まで頭が回らない。その場凌ぎで、思いつくままに言葉を口にした。
「世界の終わりねえ。あの月がどんどん近づいてきて、僕たちを押しつぶすのかい?それとも空一面の星が地表に降り注ぎ、世界中を穴ぼこにしてしまうとでも?」
「それもいいわね」
彼女の口調には確かな揶揄の響きがあった。
「でも私は、もっと静かな方が好きよ」
太ももを這わせていた手を滑らせ、スカートの中に侵入しようとしたところで彼女が初めて抵抗した。しかし表情は穏やかで、完全に嫌がっているようではない。早すぎると言うことか。
急ぐあまり手つきが雑にならないよう、細心の注意を払った。表面は冷たいが、奥底に確かな温もりのある胸元に顔を埋め、その柔らかい皮膚にそっと口付けた。小さな吐息が漏れたのが聞こえる。
僕の頭の中で何かが弾ける音がする。
それと同時に、柔らかく非情な声が鳴り響いた。
「ねえ、起きて」
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