“同類“

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シモダノゾムが患っていると聞いたのは、少し前のこと。僕が授業中にトリップして倒れた時だ(この症状は本当に時と場所を選ばない)。 シモダはわざわざ運ばれた病院先まで花束を持って現れた。当時から何かと馴れ馴れしいとは思っていたが、ここまでやってくると恐怖である。驚きを超えて気味が悪い。しかし彼は意に介さずニヤリと笑って開口一番にこう告げた。 お前、俺と同類だろ。 「俺が症状を自覚した最古の記憶は、“幽霊ビル“の事件だ。 そのビルは、小学校の道路を挟んだ向かい側にあってね。外壁は雨風に曝されて薄汚れ、所々虫刺されのように膨れている。少し大きな地震が来たら倒壊してしまうんじゃないかと危惧したほど、かなり年季の入ったビルだった。下校時にふと見上げると、規則正しく並んだ窓の奥に背中を丸めて一服するおじさんの姿をよく見かけたもんだ。 俺たちは子供だったから、その汚らしい外観に勝手に想像を膨らませ、あそこは秘密の犯罪組織の隠れ家だとか、下校中の生徒を攫って人体実験しようと目論んでいるだとかいう不名誉な噂を流していた。今思えば気味悪がりながらも近づいては騒ぎ立てる子供達にクレームひとつも言わず、細々とタバコを咥えていたおじさんはきっと悪い人じゃなかったんだろうねえ。 おい。人の話は最後まで聞けよ。どうして結論を急ぐ必要があるんだ。え?恋人が見舞いに来るって?そりゃあ悪かった。ふうん、お前恋人がいたのか。さぞいい女なんだろうねえ。俺にも会わせてくれよ。そしてちょっとだけ味見させてくれたら万々歳なんだけど。 ああ、わかった。わかったからそのナースコールを置いてくれ。彼女のこと、取って食ったりしねえからさ。話を戻すぜ。 実はその幽霊ビル、ある日突然姿を消したんだ。 それだけじゃない。なんと幽霊ビルがあった場所は、一晩にしてモダンな造りのマンションに生まれ変わっていたんだ。一階部分はパン屋さんになっていて、校門の前は焼きたてパンの甘い香りが漂っていた。 そして俺が何よりも衝撃的だったのは、誰もそのことに違和感を抱いていないということだった。 パン屋は平然と、一番人気のベーコンエピを看板に掲げている。買い求める人たちも慣れた足取りでパンを物色し、店内に設けられた小さな飲食スペースでサンドイッチにかぶりついたり、コーヒーに舌鼓を打ったりしてのんびり過ごしていた。その中に幽霊ビルでタバコを吸っていたあのおじさんを見かけると、俺は足元が急にぐらついた気分になったね。 混乱した当時の俺は、友人に片っぱしから幽霊ビルの存在について尋ねて回ったさ。しかし彼らは皆一様に、そんなものはないと口にする。さらに幽霊ビルがあったあの場所はずっと前から、パン屋さんだったと言うんだ。 多数決で多い方が真実となるのは世の常だろ? 幽霊ビルの話題は、俺が見ていた夢だと一笑されて終わったよ。いつまで寝ぼけているんだ、もうすぐ一時間目が始まるぜ。早く目を覚ませってさ。 そう諭されると確かに夢を見ていたような気分になるから不思議だよねえ。よくよく記憶を辿ってみると俺も何度かあのパン屋さんでベーコンエピを購入した記憶があるし、学校帰りに友人数名と店内を覗き込んでいるとお店の人が出てきて、怒られると思ったら「みんなには内緒よ」って、パン耳のラスクを袋ごともらったこともあった…気がするんだ。 自分の記憶がある日突然ひっくり返される。同じ光景を見て、同じ経験をしたはずの親が、友人が俺の記憶を否定する。 俺の症状はね、成田くん。夢と現が混同するんだよ。 薬でもやってるんじゃないかって思うかい?残念ながらシラフなんだこれが。 でも最近じゃあ、うまく付き合えてきた方さ。ある程度時間が経てば、現世界線となる方が輪郭をはっきりさせてくることがわかったんだ。 最初の違和感さえ口を閉ざしていればね。生徒会長に当選したはずの男とは別の人が総会を牛耳っていたり、バッサリと切ったはずの女子の髪が伸びていたとしても、俺は物言わず、時間がどの世界を選ぶのか観察している。 どうだい?お前も似たような症状を患っているんだろう?」 僕は当然否定した。 トリップのことを隠したいと言うよりは、この男と同類だと言われることに抵抗していたように思う。 何も患ってなんかいない。何を根拠にそんなことを言い出すんだ。倒れたのも一時的な栄養不足のせいだと診断された。だからこうして、点滴を打ってもらってるんじゃないか。と、管に繋がれた腕を差し出して見せた。 しかしシモダは根拠のない直感に最大限の信頼を置いていたようだ。 右手を拳銃を模した形で、自らの頭の横に構えて笑う。 「隠すなよ。初めて見た時から分かってた。同類と会うとパズルのピースが綺麗に埋まる時みたいに、カチッとハマった音がするんだ。おそらく俺たちは、どこか深いところで繋がっているんだよ。イカれてる者同士、仲良くしようぜ」
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