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『待ち合わせは、駅前の噴水でいい?』
このメッセージに断りを入れることに心を痛めた僕は、しばらく悩みに悩んだが、意を決して『友人と盛り上がってしまって遅くなりそうだから先に帰ってて欲しい』という旨を送った。
もちろん愛のメッセージも忘れない。ややあって既読をつけると、渉は『了解。楽しんでおいで』という文と一緒に、『OK!』と告げながら縦に伸びた猫のスタンプも送ってきた。その愛らしさに僕はうっとりとため息をつく。
「随分と熱烈な愛を送ってるんだな」
シモダが画面を覗き込んできそうなので、僕は急いでスマホをポケットに隠した。僕にも人並みのプライドはある。気障ったらしい愛のセリフを吐きながら可愛い猫のスタンプをお揃いで使っているところなど、クラスメイトに見られるわけにはいかない。
彼女との待ち合わせは、大通り沿いの大きな公園を指定された。視界を遮るものは何一つなく、子供たちが様々な遊びに興じているのを、大人たちが目を細めて眺めている。
その中で、Yシャツのボタンをだらしなく胸元まで開けたシモダはよく目立った。僕は何度か、そのボタンを閉めてやろうかと伸ばしかけた手を抑える。必然的に近づかなければならないと思うと、視覚の暴力に耐えることより嫌だったのだ。
おそらく彼女は僕たちが手出しできないよう、また何かあってもすぐに助けを求められるようにこの場所を指定したのだろう。賢明な判断だ。
シモダが言うには、彼女は、渦中の集団パニックの起こったS高校の生徒だという。
たまたま(どういうネットワークを駆使しているのだろう)シモダがそこの女生徒と繋がりがあり、詳しい話を聞かせて欲しいと誘ったようだ。
S高の生徒というだけでも期待は高まったが、目の前に現れた女は、期待以上だった。
制服姿のままであったので、おそらく部活帰りだったのだろう。ブレザーを脱いだ制服は少し汗ばんでおり、ラケットの紐が柔らかそうな肌に食い込んでいる。
高い位置に結んだ髪は散々動き回ったせいか後毛が出て乱れ、それも色っぽく見せていた。スカートの丈は膝を隠すほど長いのに、その奥ゆかしさが隠れている輪郭の想像を楽しむ余地があった。
僕はシモダを見直した。正直、ここまでの女を連れてくるとは思わなかった。
「絵梨奈です。初めまして」
絵梨奈はシモダといくつか言葉を交わした後、真っ直ぐに僕の瞳を捉えて頭を下げた。
クッキリとした二重の目が大きくて、まじまじと見つめ返す。絵梨奈はほんのりと頬を赤く染め、視線を逸らした。僕は再確認する。いい女である。
「初めまして。僕は成田。成田真純。シモダと同じ高校の同級生だ」
「親友なんだぜ」
シモダが余計なことを言うので否定しようとしたが、絵梨奈が「まあ」と可笑しそうに笑ったので口を閉ざした。仕方ない、今だけはそう言うことにしておいてやろう。
「さて、本題に入る前にジュースでも買ってくるよ。お前らはここで待ってて。ああ、あのベンチに座るといい」
そう言ってシモダは下手くそなウインクを投げて、どこかへ走っていった。僕たちは言われた通りにベンチに向かう。おずおずと座る横顔は、ちょっと丸っこくて可愛らしい。僕はちょっとだけ想像する。彼女の陽に晒されることのない腰を掴むように手を当てると、指に食い込むほど弾力があった。
悪くない光景だ。
僕は、彼女のすぐ隣に座った。絵梨奈は驚いたように見上げてくる。僕は涼しい顔で「シモダが座れないだろう」と首を傾げた。絵梨奈はカバンからタオルを取り出し、真っ赤になった顔を埋める。
「ごめんなさい。さっきまで部活していたから、汗かいちゃって。シャワー浴びて来れたらよかったんだけど」
「構わないよ。努力の証じゃないか」
「あと、男の子にも慣れていないの。ずっと女子校出身で、どう接していいか分からなくって」
「男も女も接し方に違いはないはずさ。おそらく君は、男女どうこうじゃなくて、僕を意識しているんだろう?」
彼女は言葉を探すように黙りこくった。額に汗をかいている。あんまり直球に行くと、なかなか落としづらいかもしれないなと思いながら、額の汗を指で拭って耳元で囁く。制汗剤の香りが漂った。
「僕はね、君のことを…」
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