雪女に赤い花束を

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 麓のスキー場の入り口の近くで、熊の毛皮で作った粗末な服をまとった身長15メートルの巨人が、道路わきの高い金属製の道路標識を根元から引き抜き、両手で握って頭上に振り上げていた。  数十人の警官が百メートルほど離れた所で巨人と対峙し、時折数人が巨人との距離を詰めて拳銃を発砲した。  弾丸のほとんどは巨人の体のあちこちに命中したが、巨人は意に介した様子も見せなかった。低い獣のようなうなり声を上げて全身の筋肉に力を込めると、肉にめり込んだ拳銃弾がパッと押し出され地面に散らばった。  ヒミコが乗って来たヘリコプターに渡、松田、冴子が同乗し現場へ向かった。飛行中、渡はスマホで現地の警察や役所と連絡を取り、詳しい事情を聴いていた。  現地の当局も混乱しているようで、電話口で渡は何度も十数分待たされた。やがてヘリコプターの窓に巨人の姿が見えて来た。冴子が悲痛な口調で言った。 「間違いない、あれはタケルです。でも、どうしてあんなに暴れて? いつもはとてもおとなしい人なのに」  なるべく近くに、しかし直接巻き込まれる心配はなさそうな空き地を見つけてヘリコプターが着陸した。  ようやく警察の責任者が渡の電話に出て、事に次第が判明した。渡は苦々しい口調で繰り返した。 「巨人がスキー客の女の子を襲った? はあ、はい、地元の猟友会が散弾銃で巨人を追い込んで、それで麓へ。何ですって? 雪女も狩り出すと言っていた? それは警察で止めてください。ええ、ええ、それは我々が責任を持ってやります。だから頼みますよ」  渡は一旦通話を切り、筒井のスマホに通話を入れた。他の渡研のメンバーはヘリコプターには定員オーバーだったため、車でこちらに向かっていた。  筒井が電話に出ると、渡は矢継ぎ早に指示した。 「市営総合病院に巨人に襲われたという女の子が緊急搬送されたという事だ。君と宮下君はまっすぐその病院へ行って、その小学生の女の子からその時の詳細な事情を聞き出してくれ。何か分かったらすぐに私に連絡するんだ、いいな」  渡はスマホをポケットに仕舞うと、聞いていた様子の冴子と松田に言った。 「今聞いての通りだ。こちらから手を出さなければ暴れる事もなかったはずなのに。急いで彼を落ち着かせないと」  ヒミコとメイド服の女性二人が冴子に駆け寄り、丸いパラボラアンテナの様な物にコードでつながっている小型の拡声器を差し出した。ヒミコが冴子に言う。 「冴子さん、それでタケルさんに呼び掛けて。指向性のスピーカーだから、この位置からでも声が届くよ」  メイド服の女性の一人が四角いマイクを差し出した。冴子はそれを受け取り、口元にあてて叫んだ。 「タケル! 聞こえる? 私よ。もう暴れてはだめ。周りの人たちを傷つけてはだめよ」  パラボラアンテナを持ったもう一人のメイド服の女性が、アンテナの向きを慎重に巨人のいる方向に合わせた。冴子はさらに叫んだ。 「タケル! これ以上、人間を傷つけてはだめ!」
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