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ナーディアは思い出していた。
ゲシュム族が崇拝する女神ヤームルは慈悲と慈愛を司り、太古、地上が大規模な干魃により滅びようとしていたその時に、この世の全ての生物を潤すために慈雨を降らせたという伝説を。
その時、女神の祈りの手は温かな白銀の光に包まれていたのだと。
まさかゲシュム族は女神ヤームルの血を引いていたのかしら。
そんな事を思うナーディア。
それを不思議と受け入れるザイード。
その光に包まれたザイードとナーディアは互いに握り合う手に力を込めた。
——————ポツリ。
2人の顔に同時に水滴が滴る。
見上げれば先程まで中心部にいた灼熱の太陽は姿を隠し、代わりに曇天が広がっていた。
ザイードの綺麗な髪色のような灰色の空。
二人は目線を絡めて微笑した。
「雨だ」
誰かが呟く。
そしてその後はかなり明確に。
さらに後には大歓喜に。
「雨だ……雨だ!!……雨だぞ!!」
「雨だ…………!!神よ………ザーハブ神ではなく、女神ヤームルよ!
感謝いたします!」
「王様……!王妃様……!ありがとうございます!ありがとうございます!」
誰もが恋焦がれた雨が、穏やかな音を奏でて降り始めた。
それはやがて宮殿や広間に、そして王都全体にも勢いよく降り注ぐ。
皆は雨にびしょ濡れだったのに大喜びでそれを全身に浴び、涙を流した。
手を取り合い飛び跳ねた。
その時の人々の顔を表現するとしたら、幸福という文字がとても似合っていた。
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