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芦屋に住んでいる金満家の外国人。そんな肩書きで外車を乗り回し、それに飽きると、転売して儲けを出すことに専念した。
その間、タヌキは庭のクヌギの葉からせっせとタヌキ札を増刷してくれた。何せわたしは、彼に取り生命の恩人である。わたしは彼をこき使うことに何ら良心の呵責は起こらなかった。
いや、むしろ、住宅や高級外車を購入した売り主に同情を禁じ得なかったと言っていいだろう。もし、銀行のATMなんかに入れようものなら、木の葉であることがばれてしまう。偽札以上に始末に負えない代物だった。偽札なら警察が何とかしてくれるだろうが、木の葉では……ひらひらひら。舞い散る木の葉の前で茫然自失となる売り主の顔が目に浮かんだ。
だが、実際、芦屋の豪邸の取引価格ともなるとATMを使う人はいないらしく、ほとんどは銀行員が取りに来たり、もしくは持っていったりして、目の前で扇子のように広げて手で勘定してくれる。人間の行員には、タヌキ札は有効であった。
わたしはすっかり芦屋での裕福な生活に慣れ、元のすってんてんな時代の自分の姿を忘れ去っていた。掃除や炊事は家政婦さんがやってくれるし、クルマの運転は運転手さんがやってくれる。電球が切れたり、ヒューズが飛んだりしても自分で一々取り替える必要などなかった。唯一管理しなければならないのが、庭の信楽焼のタヌキの世話だった。
苔が付かないよう、朝起きるときれいに拭いてやり、時折、木の葉を集めてきて誰も見ていないところで、それを「現金化」する。実際、見られたらどんな言い訳が必要だっただろう。わたしにはもはや想像も付かなかった。
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