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わたしは職にあぶれ、川沿いの自転車道の車止めに腰掛け、一日中ずっと川の流れに見入っていた。もう時間に追われることもないし小言をいう人もいなくなった。あるのは、会社員時代に作った借金と、今月分のアパートの家賃や食費をどうするかという切実な問題だけだった。
「あーあ」
どうして仕事を失ってしまったのだろう。不景気のせいだけではないはずだ。自分の要領の悪さという不手際も責められてしかるべきだった。世の中には、百万人の失業者が出ても、ちゃんと職にありつく要領のいい奴もいるかと思えば、社長の気まぐれで失業する人間もいる。わたしは間違いなく世界で一番要領の悪い人間だった。
ふと、川岸近くを見ていると、何か得体の知れないものが浮き沈みしていた。
「何だろう?」
よくよく見てみると人間のようだった。白い肌に草とゴミがまとわりついて、浮いたり沈んだりしながら流れに沿って移動している。――いけない! わたしは、上着を脱ぎ、ズボンを脱ぎ、下着だけの格好になるとじゃぶじゃぶと川の流れの中に入っていった。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
わたしは彼の水草まみれの胴体に腕を回し、反対の手で水をかき分けながら堤の上に戻ってきた。
「あ!」
よくよく見てみると、それは人間ではなく信楽焼のタヌキの置物だった。わたしの心の中に怒りの炎が湧き上がった。高さは四十センチほどのタヌキで、泥と水草が絡み、薄汚れていた。わたしはそれを持ち上げ、石畳にたたきつけようとした。
と、そのときであった。
「た、助けて……」
「え?」
タヌキが口をきいたのである。
あるいは化かされていたのかも知れない。だが、わたしの怒りはどこかへ吹き飛び、代わりに恐れに似た気持ちが脳裏を占めた。
「本当にタヌキなのか?」
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