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1:ルール
「十月の満月の夜は絶対に外へは出てはダメ。魔物に襲われるよ」
この街の子どもたちは、みんなそう言い付けられている。
私は読んでいた本をぱたりと閉じた。
女の子が森の中を冒険する物語。
表紙には、十一歳、同い年の少女の絵が描かれている。
「はじまったわね。退屈なサイレントレインディ」
ゴーンという鐘の音が耳に届き、私はぽつりと呟いた。猫のベティを撫でながら。
「魔物なんて本当にいるのかしら?」
サイレントレインディのことは、学校では習わらない。
図書館で資料を探しても見つけることはできなかった。
私は不思議でしかたなかった。
「どうしてみんな、言われた通りに家で大人しくしているのかしら」
もちろん、親や先生に怒られたくないからだと思う。
だけど、おかしいわ。
「ねえ、おばあさま、魔物に会ったらどうなるの?」
以前、祖母のイザベラに聞いたことがある。
「そうだねえ。大切なものを盗られてしまうんだよ」
おばあさまは答えた。
「大切なものって? 命? 思い出?」
「そうだねえ。それは私にもわからない」
「答えになっていないわ!」
そのとき私は、珍しく夜遅くまでおばあさまに詰め寄った。
突然、おばあさまがゴホゴホと咳込んだものだから、慌てて背中をさすったっけ。
「おばあさま、ごめんなさい。もう寝る時間よね」
幼い頃にお父様もお母様も死んでしまった。
母親代わりのおばあさまを苦しませたくない。
最近は、ただでさえ物忘れが激しいのに……。
「若い頃に頭を使いすぎたから仕方ないのかも」だなんて孫の私にとっては笑えない冗談を言っていたのが忘れられない。
それ以降、私がサイレントレインディについて、おばあさまにしつこく尋ねることはなくなった。
その代わり、友達のキャシーには話したことがある。
「私ね、とっても気になるの。サイレントレインディのことが」
「そんなこと気にしてるの? あなたって興味を持つと本当に止まらないのね」
キャシーは、やれやれとでもいうかのように大人みたいなしぐさをして見せた。
「だって、絶対おかしいわ。魔物なんているのかしら」
「大人がいるって言っているからいるんじゃない?」
「本当かしら?」
「ふふ。あなたって優等生なのにときどき変なこと言い出すのね」
キャシーは笑いながら「面白い子」と付け足した。
「それに、リディアったら前にも同じことを言っていたわ」
学校のチャイムが鳴る。
「え? キャシー。何を言っているの。あなたにこの話をするのは初めてだわ」
「それはこっちの台詞よ。もう三回目。……まあいいわ、先生が来るから席につきましょう」
私はいつかサイレントレインディの謎を解き明かしてやろうと心に決めている。
でも……。
「おばあさまが悲しむ顔は見たくない」
……今年も大人しく、時が過ぎるのを待つことにしよう。
そう思い、静かに本を開いた。
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