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3:遭遇
サイレントレインディの街は、シンと静まり返っていて、秋の風がひんやりとしている。
言い伝え通りの霧雨で、傘がなくても大丈夫そうだ。
「ふう」
深呼吸するように息を吐いて、濡れた石畳に視線を向ける。それから空を見上げた。
夜空に浮かんでいる金色の月がじっとこちらを監視しているような気がする。
やっぱり、家に戻ろうかしら。
少し考え込んでから首を振る。
「いいえ! ここで戻るわけにはいかないわ」
私は赤いワンピースをぎゅっと掴み、前へと足を進めた。
ほのかな期待と恐怖を抱きながら。
「おい! そこで何をしてる!」
私は肩を震わせた。恐る恐る声の方を向くと、そこには知らない少年が立っている。
「お前……。リディアか」
「どうして私の名前を知っているの?」
「……こんなところにいるとヤードに捕まるぞ」
少年は質問に答えてくれなかった。
いつもの私ならもう一度、聞く。
でも、今はそれよりも気になることがあった。
「ヤードに捕まるの? 魔物じゃなくて?」
なぜ、いつも街を守ってくれるヤードが出てくるのだろうか。
「……とにかく早く家に戻れ」
少年は、あたりを警戒しながら言った。
謎は深まるばかりだ。
どうして名前を知っているの?
少年は街にいて大丈夫なの?
魔物ではなくヤードってどういうこと?
「あのね! 猫を探しているの。このくらいの大きさよ」
私はもうひとつの目的のことを伝えることにした。
「明日に探せば良いだろう」
少年は言った。その通りだと思った。
これまでにもベティが勝手に街を散歩するなんて日常茶飯事だったから。
本当はわざわざサイレントレインディの街中に飛び出す必要なんてなかったのだ。それでも、無理やり理由をつけてここまで来たのは……。
「ダメよ! ベティを見つけるまで私は戻らない」
少年はため息を吐く。
「わかった。一緒に探してやるから、見つけたらすぐに家に帰れ」
「ありがとう」
お礼を伝えると同時に、どこからか馬の足音が聞こえてきた。
「こっちだ!」
少年に連れられて物陰に隠れる。
そっと顔を出して様子を伺うと、荷馬車が豪邸の前に止まった。
家の中から老夫婦が現れる。
御者は馬車から大きな荷物を持ち上げて運ぼうとする。
そのとき、包みから何かが飛び出して地面へと落ちた。
「……ねえ。あの、赤いボトルはなに?」
私は小声で尋ねる。
地面へと落ちたボトルのなかには液体らしきものが入っていた。
赤い絵具よりもどす黒くて、トマトを潰して作るジュースよりも暗い色。
まるで……。
頭の中に、ひとつの可能性が浮かぶ。
膝から力が抜けていく感覚がした。
「あまり聞きたくないのだけれど、あのボトルの中身って……」
「お嬢さんのお察しの通りだよ」
背後から声がした。
「「ひっ」」
私と少年は空気が喉に引っかかるような声を上げた。
「レイ! ここでいったい何を……」
「あ、えっと……こいつを家に帰そうと思って」
レイと呼ばれた少年は慌てて口を動かした。
「ふーん」
男性はこちらの顔を見下ろすと、一言「また、君か」と呟いた。
どういうこと?
「どうしてあなたも私のことを知っているの?」
そう、尋ねたい気持ちはあるものの、二人はどんどん話を進めてしまう。
「ジョージ兄さんはなぜ?」
レイが尋ねると、男はひとつため息を吐いた。
「今宵は見張り役が足りなくてね。駆り出されている」
「そっか」
「ところでレイ。お前、この子の記憶はいつ消す気だ?」
私ははっとする。
この場から逃げなくては!
そのとき、ひときわ大きな風が吹いて、レイとジョージは目をつむった。
今だ! と思った。
もつれそうな足を無理やり動かし走り出す。
「おい!」
後ろでレイの叫ぶ声がするが気にしてなんかいられない。
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