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4:最悪なこと
私は入り組んだ道を選んで進み続けた。
「ひゃ!!」
声にならない声で叫ぶ。
曲がったすぐそこに、急な階段があったからだ。
ダメだ、止まれない。落ちる!!!
私の意識はぷつりと途切れた。
「うう……」
膝がずきずきと痛む。
背中や腰もつらい。
そうだ、階段から転がり落ちたんだ。
私は薄らと目を開けた。視界には紺色の空が広がっている。
はらはらと舞い散る繊細な雨とそれを照らす満月。
サイレントレインディの空は美しすぎて、私はなんだか泣きたくなった。
「最悪よ」
ぐっと目を閉じてから、どうしてこんな状況になっているのか考える。
「サイレントレインディの街になんて、でてこなければ良かったのだわ」
まず、最初に浮かんだのは後悔だった。
「早く家に帰らないと。心配されてしまう」
次に気になったのはおばあさまのこと。
「それにしても、あのボトルって……」
そして最後に考えたのは、地面に転げ落ちたボトルについて。
私の思考はいつの間にか振り出しに戻っていた。
なぜ、彼らは私のことを知っていたのかしら?
サイレントレインディって本当はどういうものなの?
「ねえ、リディア。面白いことわざを聞いたわ」
いつかのキャシーの言葉を思い出す。
「どんなの?」
「好奇心は猫をも殺すって」
「なあに、それ。物騒ね。意味は?」
「いつもは簡単には死なない猫ですら、好奇心が原因で命を落とすかもってことよ」
「ふうん」
あの時はさらっと流したはずなのに、今になって自分が猫になったかのような気分になる。
「ニャオ」
「えっ?」
視界いっぱいの夜空のなかに、突然登場したのはベティだった。
「ベティ。まだ街にいたのね」
彼女は髪をくわえて引っ張ろうとした。
まるで、早く起き上がれとでも伝えるかのように。
「そうよね。早く隠れないと」
私はひとまず、近くにあった小さな倉庫の陰に座り込んだ。
「あっ。血が……」
膝から流れた血が白いソックスのレースを汚している。
その様子を目にしたとたん、ずきずきとした痛みがぶりかえしてくる。
私は寒さと痛みから逃れるようにベティを抱き締めた。
温かさが伝わってくる。
思い出すのは、朝食に食べた熱々のコーンスープとおばあさまの優しい笑顔……。
「どうしよう。ベティ。帰るべきよね」
私のなかでは、恐怖と好奇心が戦っていた。
そのときだった。
「誰だ!」
男の低い声がして、私はベティを抱え込んだままぎゅっと身を小さくする。
どうしよう、見つかる。
そう思ったのと同時に現れたのはヤードだ。
ランタンの光がぼんやりと彼の顔を照らしている。
レイの言ったことが本当なら捕まってしまう。
「おや。どうしたんだい?」
私の想像は外れ、ヤードの男は穏やかな口調で言葉を発した。
「あの……。この子が外に飛び出しちゃって……。家がわからなくなったの」
私はなんとか状況を切り抜けようと、でまかせで言葉を吐いた。
「なるほど。……キミ、街で何か変なモノや気になるモノを見たりはしたかい?」
ヤードの男はうかがうような視線をよこしてくる。
「いいえ。今日は街がとても静かよ。誰にも会ってないわ」
「そうかい。わかった。キミを家に送ってあげよう。何か目印になる建物とかは覚えてるかい?」
「ありがとう。えっと、家は毎朝市場が出る大きな広間の近くなの」
私はベティと共に男と並んで歩きだした。
どうしてか、ベティがいつも以上にニャアニャアと鳴く。
あら? 私はふと違和感を覚えた。
家とは別方向に進んでいたからだ。
でも……迷子を装っているから言い出せない。
私は仕方なく男について歩くことにした。
辿り着いたのは公園の物陰だった。
あたりからは、虫の鳴く音と噴水の音が聞こえてくる。
「ここは?」
「はははっ。たまには、人間の血をいただくのもいいだろう。なあ、キミもそう思うだろ?」
男はニタニタと笑う。
私は不穏な空気を感じ取り、とっさに叫ぼうとする。
その瞬間、男の分厚い手に口元を覆われてしまった。
いや!このまま、ここで死んじゃうなんて。
私は恐ろしさから逃れるように、ぎゅっと目を閉じた。
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