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ひとまず浜松に戻って、彼を追う準備をしようと思った。
今日、明日、すぐに追いかけて行けるわけじゃない。
一カ月、二カ月先になるだろう。
突然現れたら困惑するだろうし、迷惑がられるかもしれない。
それも全部覚悟して、私はパリへ行こうと思う。
彼の口から『好きじゃない』と聞くまでは絶対に諦めない。
ううん。
たとえ『嫌いになった』と言われても、今度は彼を絶対に振り向かせてみせる。
だって、晴翔が好きな気持ちはどこに行ってしまってもは変えられないし、変わらない。
変える必要もないことに、私はやっと気づいた。
初めて会ったときはとても好きになんかなれないと思った。
変な男だとも思ったし、胡散臭いこの上なかった。
でも、今は違う。
出会うべくして出会ったのだと、そう思う。
彼の奏でるピアノに心を奪われたから。
一緒に弾けば、初めてとは思えないほど音が重なったから。
彼の世界の一部になっていたから。
もう一度、彼と一緒にピアノを弾きたいから。
音を作りたいから。
――今度は私があなたに会いに行くから。
歩きだす足は思ったよりも軽かった。
落胆するはずの気持ちは前へと向き、高い空へと腕を伸ばす。
青く澄み渡り、地球の向こう側までのびやかに続く空に誓うと、私は踵を返した。
振り返らないで。
前だけを見て。
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