chord 34 心、重ねて

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 コンコース内に私の願いが込められた音が響いていく。  すると改札口へ向かっていた人が足をとめ始めた。  本気で弾いている人がいるのが珍しいのか、続々と集まってくる。  けれど緊張はしなかった。  どんなに人が集まってきても恥かしいとは思わなかった。  夢中で指を走らせる。ピアノの上に置いたスマホの向こうにいる彼に届けるためだけに――  そのときだ。  背後から黒い腕が伸びてきて、鍵盤に向かった。  私の背中にかぶさるように人の気配がしている。  鍵盤の上に置かれた長い指先が流れるように美しく打鍵していく。  思わず手をとめて振り返りそうになる私の耳に、ハッキリと聞こえた。 「続けて」  晴翔の声だった。  一瞬、真っ白になりかけて、すぐに引き戻された。  彼の音が私をコールしたからだ。   「そのまま続けて」  私の背中に彼の胸が乗っている。  重なったところから、彼の心音が聞こえてくる。  私の鼓動と合わさっていく。  視線だけを横に向けると、私の顔の隣に彼の顔があった。  後ろから私を抱きしめるような恰好で弾いている彼の横顔を間違えようもなかった。  すぐそばで彼の匂いがしている。  それまで鈍感だった五感が信じられない速さで感度を取り戻していくのがわかる。  視覚も聴覚も臭覚も触覚も全部、彼を追いかける。 「徐々にテンポアップするよ……」  メロディーがいよいよ華麗な舞踏会の本番部分に入っていく。  彼にリードされるがまま、私は演奏を続けた。  私の演奏に合わせるように、彼は音を重ねていく。  初めてこの曲を二人で演奏したときとは違うアレンジ。  確かに、それまでだって音は重なってた。  でも、これまでのどんなときとも今は違う。  もっと、もっと深い部分で繋がっているみたいに、寸分の狂いもなく完璧に合わさる。  足りなかったものが保管されていく感覚――私に欠けていたものが彼の音で補われ、完成されていく。私の細胞のひとつ、ひとつが膨らんで花開いていくのだ。    完全にひとつになる。  音だけじゃない。    そう、心が!
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