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落ち着かせるように一つ深呼吸し、壁に掛けられた時計を見る。
十八時を回るところだ。
開演まで一時間を切ったから、ぼちぼち招待客が集まってきている。
「よお。今日はおめでとう」
声を掛けられ、私は振り返った。
赤ん坊を抱っこした女性連れの男が一人、私へ近づいてくる。
圭吾と愛美だ。
一年経った今も友人としてつき合っている。
わだかまりはなくなって、心から信頼できる友人関係を築くことができて、今は本当によかったと思っている。
圭吾と言えば、ここのところはしあわせな生活の影響と運動不足が加速して、すこしふっくらしていた。
父親になって心身ともに丸みを帯びた彼は、手にしていた花束を私に差し出した。
「こちらこそ、今日はわざわざありがとう」
「いや、誘ってもらえて光栄だよ。まさか、プロデビューしちまうとか思ってなかったから。本当に驚いた。けど、よかったな」
「うん。私の力だけじゃ、こんなふうにはなれなかったけどね」
答えながら、私は左手の薬指にはめたリングに触れた。
メレダイヤのちりばめられたプラチナリングは晴翔が選んでくれたものだ。
いつか人生のパートナーとなるとき、これと対になっているエンゲージリングをくれると約束してくれた。
「で、その指輪を贈った張本人は?」
女性は細かいところをよく見るものだということを証明するような愛美の質問に、私は肩をすくめてみせた。
「もうすぐ来ると思うんだけどね。ちょっと心配だから電話してみる」
「そうだな。三十分前だしな」
「うん」
彼の御両親と兄の眠る墓をお参りした後、どうしても寄りたい場所があると、一緒に行くと言った私の申し出も頑なに断った彼と別れて、独りで会場にやってきたのが一時間前の話。
その間、彼からの連絡は入ってきていないのも気になっていたところだった。
見える場所に置いてあったスマホを手に取って、電話をかけてみる。
『お客様のおかけになった電話番号は……』
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