勇者の肖像

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 甲冑を脱いで、普段着に着替えようとクローゼットを開ける。そしてアデルは思わず硬直した。 「………あなたは、誰」  自分と同じような黒髪に黒目、どちらもこの世界では非常に珍しい色の少年が、何かの包みを手にクローゼット内に座り込んでいたからである。 「だ、誰って」 「えっ、その………」  突然自室のクローゼット内に現れた、年の頃は自分より少し年下の少年がぽかんと目を瞬かせた。 「あの、その……ここは僕の父の部屋のクローゼットで、それで………」 「ここは、私の部屋です」 「そ、そう。ご、ごめん」  敵意はないらしい。見慣れない服を着込んだその少年は、座り込んだままポカンと口をあけて穴が開くほど自分の顔や姿形を見つめている。 「あの、お名前は………」  こんなときだというのに思わずアデルは聞いた。 「団吉宏」 「ダン?」 「あの、あなたは」  父の苗字と同じだ。父もまた、自分と同じような黒髪に黒目だったという。 「………アデル・ダン・シーランス」  見る人が見たら、二人はそっくりだといっただろう。 「日本語、お上手ですね」 「ニホンゴ? ……父は、『日本』という場所で生まれたと聞きました」 「あの、ここが、その、日本です」 「えっ」  思わず変な声が出る。半開きのクローゼットのドアを全開にしてみると、いつも自分の服をしまってあるべき場所が、何故かどこかへ通じる空間になっていた。胸が掴み上げられるような衝撃に立ち尽くしながら、アデルは言う。 「ここは………エルメランドのサーダイン大聖堂の神殿騎士見習いの宿舎です」 「神殿騎士………?」  ヨシヒロ、と名乗った少年も、事態をよく把握していないのだろう。 「ゲームの中みたいだ。えっと、エルメランド?」  よくわからないことを呟いて立ち上がろうとし、クローゼットの中のポールに頭を打ち付けて声を上げる。そのはずみで、抱えていた白い包みが光り出した。 「これ、もしかして、君の?」 「これって?」  少年が包みをそっと開く。アデルが思わず声を上げた。 「………父さんの、剣!?」 「え、君の父さん?」  部屋の机の前に飾ってある、母親と二人並んで描かれている小さな肖像画。クローゼットを空けたまま、思わずその小さな額縁を掴み、クローゼットの前に戻るとそれを見せる。何やら言葉には出来ない予感と共に、 「あの、これ………」  それを少年に差し出した。少年が目を瞬かせてからそれを受け取り、そして言葉を失う。 「父さんだ」  何故か、そんな言葉が出てくるような気がしていた。肖像画に描かれた輝かしい剣を手にした若々しい男。この世界では珍しい黒髪に黒目の闊達な青年だったという。 「あの、隣にいるのは」 「私の、母です」 「……………」  ヨシヒロ、と名乗った少年が言葉を詰めて肖像画を見つめて、そして 「ちょっと待ってて」  包みをアデルに手渡して肖像画を手にしたままクローゼットを出て行く。そして数刻も経たないうちに何かを手に戻ってきた。 「これが、僕の…………父さんと、母さん」  自分が渡した肖像画よりもより精密な筆遣いで描かれた、まるで風景そのものを切り取ったような絵の中で、見慣れない服を着た父親が見たこともない女性と共に笑っている。 「アデル、さん。もしかして…………あなたは僕の」  その時だった。部屋のドアを遠慮なくノックする音と共に、声がする。 「アデル! 宿舎の掃除はどうしたんだい!!」  慌ててアデルはクローゼットの扉を閉める。そして、剣の包みと少年から渡された一枚の絵を手にしたまま、 「は、はい、只今! すぐに行きます!!」  ドア近くに駆け寄って返事を返す。 「早く来ないとまたどやされるよ!」  足音が去っていった後、再び早足でクローゼットの前に戻るとドアを開ける。ところが、 「あれ………?」  開けたクローゼットの中は、何の代わり映えもしない、いつもの自分のクローゼットそのものだった。
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