勇者の肖像

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 その日の夕食の時間も、父は帰ってこなかった。 「取引先との急な打ち合わせですって」  母が父の皿の上にサランラップをかけながら言った。吉宏は思わず息を吐く。 「………聞きたいことがあったのにな」 「聞きたいこと?」 「あ、えっと、その………進路のことで」  あの後、クローゼットから出るとそこはいつもの父親の部屋だった。父と母が映った写真と、例の剣を渡したままだったが、何故か「それでよかった」のだ、と思えてしょうがなかった。 「そういえば、母さんって父さんとどこで出会ったの」 「どうしたの急に」 「いや、なんとなく」 「取引先の若い社長さんだったの。あの頃はお父さんの会社もまだ小さくて」 「へえ………」 「初めてのデートの時、私のリクエストでテーマパークに行ったの。ほら、お城で剣を抜くイベントあるでしょ? あれを見て、なんかなんとも言えない顔をしてて。『子供だましだ』って。ホント、お父さんったらあの頃から真面目すぎるのよね………」 「ああ、あれかあ………」  そんな父のクローゼットにあった『本物の剣』。そして突然ドアの向こうに現れた、自分の知らない世界。  父はあの世界を知っている。それは確かだ。知らない美しい女性と一緒に描かれていたあの肖像画は、自分の机の引き出しに隠してある。聞いてみていいのだろうか。少なくとも、それは、母がいない場所で聞くべきことだ、と吉宏は判断した。
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