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「神殿長様。あの、お話が」
その日の夜に、アデルは剣を手に、神殿の最奥にある一室を訪れた。
「アデルか。どうしたね」
在りし日には神官として勇者や聖女を教え導いたという、そんな神殿長に彼女は聞く。
「………この剣は、父のものでしょうか」
神殿長ファルファーがぎょっとしてアデルの手にしていた剣を凝視する。
「ヒロの、ものだ。それがどうして」
「あの、えっと………よくわからなくて」
「よくわからない?」
アデルは、昼間に起きた不思議な出来事をかいつまんで説明する。
「アデル。おぬしはその剣を抜けるかね」
「え?」
「それは、神に選ばれし者にしか抜けない聖剣じゃ」
それならば自分には無理なのではないかと思わず尻込みするが、神殿長の手前、断るわけにもいかない。恐る恐る、剣の鞘に手を触れる。
「………抜けません」
神殿長が、少しの諦念を込めた目でアデルを見てから、優しい声音で言った。
「それでいいのじゃよ。今は魔王と戦う時代でもない」
その、少しの諦念がアデルの心に棘のように刺さる。何となく、アデルはこの長のそんな諦念の篭もった瞳が苦手だった。
「すみません」
父のようにも、母のようにもなれない自分のことを、かつての父母の仲間であったこの神殿長はどう思っているのだろう。あまり、想像したくなかった。父が、母以外の女性と一緒に『描かれている』あの不思議な肖像画は、この人には見せない方が良い。そう判断して、唇を一文字に結んでいると、
「その剣はおぬしが持っていなさい」
神殿長が言う。
「はい」
裏庭の井戸にでも捨ててしまいたい。何故かそう思ったが、それも口に出して言うことはなく、
「大事に、します」
それだけ言って、アデルは部屋から退出していった。それを見送った神殿長が深々と溜息を吐く。
「あいつは、ヒロは………もう戻ってくることはないのだろうな」
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