勇者の肖像

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「………こんなところに来ちゃダメだよ」  そう囁いて、アデル・ダン・シーランスはそっと魔物の子供を木の洞に隠す。 「誰もいなくなったらきちんと森へ帰ってね」  神殿騎士見習いの白い甲冑を着込んだ、長い黒髪に黒い瞳の少女がそっと笑って、駆けだした。  『勇者』だった父、『聖女』だった母、どちらの素質も特に受け継ぐことなく気弱で凡庸な少女。それがアデルだった。魔王を倒したのちしばらくして突如行方不明になった父と、そんな父の帰りを待ち続けながら3年前に病で亡くなった母。一応は勇者と聖女の血を引く者として神殿で大事に育てられているが、どちらかといえば『お荷物』に近い、という立場であり、肩身は狭い。  虫一匹殺せない気弱な性格と、魔法にも剣にも長けていない至って一般人そのものの能力。魔王を倒し世界を救った二人のサラブレッドだというのに、容姿も能力も特に秀でたところはないのは何故なのか。 『いつか、お父さんが迎えに来てくれる日が来るわ』  病に伏せった母が、いつも窓の外を見て淋しげに微笑む姿を思い出す。 (きっと、私を見てもがっかりするだけだから……そんなのいいのに)  勇者失踪後に身籠もっていることが判明し、ひとりアデルを出産した母。出産も孤独なものだったという。父はどうして母を孤独にしたのか。どこへ消えたのか。知る人は誰もいなかった。  魔物の子を木の洞に隠して、急いで駆けだして、町の大通りを列成して騎士団の一団の一番後ろに追いついて歩き出す。帰ったら宿舎の掃除をして、料理の手伝いだ。どれもこれもあまり得意ではなかったが、少なくとも剣を振り回すよりは自分に向いている。 (………私、何のために生まれたのかちっともわからない。何が得意なのかも、わかんないや)  世界が自分を愛していない、自分もまた世界を愛していないような、そこはかとない疎外感は、17歳という多感なはずの年頃だからだろうか。多感なはずなのに、世界は神殿の壁よりも白く、そして味気なかった。
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