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 それから2年が経った。クライヴは16歳になり、少しだが魔界も落ち着いてきた頃だ。いや、息を潜めていると言った方が正しいかもしれない。 「私が言うのもなんだけど、支配者らしくないことしてるって自覚ある?」  ガーネットの髪を持ち、左目が前髪で隠れている女が、書類に目を通していた少年に問う。  少年、いやクライヴは、書類に視線を向けたまま答える。 「自覚はあるし、考えた結果がこれだ。相手は一応皆魔力を持った相手だからな。生温い人間界とは違う」  クライヴの眉間に皺が寄る。 「スカーレット。俺が力技で勝てると思うか」  確認や問いではなく、断言に近かった。女は、はあ、とため息をつく。 「勝てないでしょうね。その魔力と身体じゃ」  クライヴの即位が反発を受けた理由の少数派に、魔力の弱さが挙げられていた。  魔力が強ければ強いほど、魔物たちを率いることは容易いとされている。支配者には必要な事だと認識されていたのだ。  父、アーサーは魔物の中でも類稀なる魔力の強さを持っていた。それも、「災厄の魔女」や大支配者と互角に渡り合えるほど。  一方で、アーサーの息子であるクライヴは、父とは真逆で、魔力は弱く、おまけに病弱でもあった。  幼い頃はいつも熱や喘息に悩まされ、3歳くらいまでは、歩くことすら碌にできなかった。  そんなクライヴが、他の支配者やその関係者に遅れを取らないようにと考えた末、導き出した結論は、「殺される前に殺せ(やられるまえにやれ)」という事だった。  支配者は時に、命を狙われる事がある。クライヴ自身、すでに何回かは死にかけている。 「ならば、狙う方も命を賭けて貰わなければならない。それでようやく同じ土俵に入ったも同然だ」  クライヴは机の引き出しから、指揮棒ほどの長さで、それよりさらに細い棒を取り出した。針にも近いそれは先端が鋭く尖っている。 「しかしどう言う仕組みだこれ。どこに魔物1匹分の血が入っているんだ」 「企業秘密ですー。私の得物なんだから丁重に扱いなさいよ」  スカーレットが同じ得物を、腰の紐に下げていたものを引き抜く。 「昨日の男、ちゃんと仕留めたんだろうな」 「大丈夫。仕事なんだからちゃんとするわよ。ま、あいつの血は一段と不味かったんだけどね」  スカーレットがその獲物の持ち手の方をじゅうー、と吸う。そして、うん、不味いとぼやいた。  先日の男は獣人を標的とし、出所不明な薬や木の実の売人だった。魔界とはいえど、王都の許可なくそういった物を売ることは禁止されている。種族を超えての商売なら尚更だ。  それに加えて、あの男には様々な悪事の経歴が出てきた。その中に、クライヴが危険に晒されるようなものもあったため、早々に芽は摘んでおいたのだ。 「これで50件目か。あと何件あることやら」 「ぜーんぶ片付けて、何もやることがなくなったら貴方の血、頂戴」 「死ぬ間際にくれてやる」  そんな会話を交わすと、クライヴはおもむろに立ち上がった。何枚かの書類をバインダーに挟み、ペンを胸ポケットに入れる。 「次の仕事だ。行くぞ、スカーレット」 「了解」  道すがら、スカーレットがクライヴに尋ねる。 「おぶっていってあげようか」 「いらん。自分で歩く」  親切心を拒否されてスカーレットが可愛くない子供ね、と膨れる。  一方のクライヴは、おぶられるような歳でもないと、不満を感じていた。  今回の目的地は王都だ。少しばかり遠いが、竜が引く車にでも乗れば速い。魔界にはあまり自動車が普及していない。普及しているのは精々獣人の住むフェウルーア領だけであり、他は全くだ。  王都に向かうバスのような役割を持つ、竜車が一つ止まっていた。 「王都に行くんですかい?なら乗った乗った。あと5分で出発するところでしたよ」  人界でいう恐竜のような見た目をした竜が喋る。クライヴとスカーレットはそれに乗り込んだ。賃金は前払いだ。 「枠にでも捕まっててくだせえ。放り出してしまうと困るんでね」  竜が言うように、竜車と言うものは道中心地よく乗れるものではない。竜が歩く振動と雑に舗装された道で、車輪の付いた箱が跳ねることがよくある。  クライヴは乗り物酔いするためあまり竜車が好きではないが、移動手段がこれしかないため、渋々乗っている。  竜車の形は、箱に二つの車輪が付き、屋根が付いているといった簡易的なものだ。その箱の中に座っている。 『竜車に乗るのも慣れたな。……こいつと出会ってもう2年前か』 ガタゴトと揺られながら、クライヴは過去の記憶を思い出した。
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