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episode 10
久しぶりにきたその空間は、私の中にある最後の記憶よりも鮮やかに感じた。
吹き抜けの解放感のある明るい受付ロビーに、ざわめくたくさんの人たち。
土曜日だけれど、通常の診察が受けられるうちの病院にはいつもたくさんの患者さんがいる。
『なるべく、いつでも安心して診察に来られるようにしたいからね』
お父さんはそう言っていた。
小さい頃はくっついて、よくここにきてたっけ……。
太陽光がたくさん降り注ぐように設計したこの空間は、病院だと言うことを忘れてしまいそうなほどだ。
受付や会計を待つ人たちの間を歩く。上を見上げるとガラス張りの天井から落ちてくる光が目にしみた。
『パパ、すごいねぇ。おひさま、キラキラでポカポカしてるねぇ』
『そうだね。落ち着くだろう?』
『うん!あかるくて、まゆ、ずっとここにいたいくらいだよぉ』
『それはだめだなぁ。ここはずっとじゃなくて、つらい体や疲れた気持ちを休めて治す場所だから』
『そうなの?ずっとはだめなの?』
『パパはその人たちに元気になってもらって、ここじゃなくていつもの場所に戻ってほしいなって思いながらお仕事してるよ』
『そうなんだぁ!パパって、かっこいいねぇ!』
そういうと、照れたように、でも嬉しそうに私を抱き上げてくれたお父さん。
いつも白衣を着て、病院にいるたくさんの患者さんに柔らかい目を向ける、夜中だって呼び出されれば嫌な顔ひとつせず行くお父さんが、大好きだった。
なのに、一緒に思い出すのは……。
『まゆちゃんはいいよねー、だってあの病院の子なんでしょ』
何が、いいの?本当にわからなかった。
『あぁ、あの高木総合病院の……』
あのって何?
『高木さんはやっぱり優秀ね』
やっぱり、ってどうして?
『私たちとは違うよね』
違うって、そんなことないよ。
この病院を通して私を見てくる人たちが多くなって……。
この場所が、この環境が、煩わしくなった。
……ああ、私って、本当にばか…。
目の奥に沁みた光でチカチカとした痛みに思わず顔を顰めた。瞬きして、浮かんだ思い出と心の痛みを瞼の裏にそっと閉じ込める。
でも。
……やっと、ここに来れた。
こんな気持ちで、ここにくる日が来るとは思えなかった。
緊張はする。まだ苦しくなる。
でも、逃げ出そうとは、もう思わない。
……私の前に、誰かに決められた道はない。
それは1番怖かったことのはずなのに、今も怖いはずなのに。
……震えるほどじゃない。
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