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お店を出て、スマホを取り出した。
とても久しぶりにかけたその番号。どれくらい話していなかっただろうか。
「…もしもし」
電話ごしのその低い声に、ごくりと冷たい空気を飲み込んだ。
「あ、私、真由だけど…」
耳に当てたその無機質な機械を握りしめながら、葉山さんを想った。
……会いたい…、でも、まだ会えない。
飲み込んだ空気をゆっくりと吐き出して、気持ちを決めた。
「……話が、あるんだけど……」
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視界から消えた彼女の背中に、なぜか微笑んでる自分がいた。
「いつも見てたから…、覚えてるよ」
…あの頃、ずっと見てたから、きみのこと。
高1から通い始めた塾で隣の席になった女の子。
よく知られている女子校の制服を着て、少し大人びた凛とした佇まい。姿勢良く座る姿、意志のある大きな瞳。伸びやかではっきりした声。
少しずつ話せるようになって、少しずつ笑顔が見れるようになって……。気がついたらきみのことばかり考えてた。
でも、“葉山さん“と呼ぶその声も、“葉山さん“を見上げるその瞳も、俺が知らないもので……。ふたりを見ている以外に何もできなかった。
きみは、いつも“葉山さん“に怒ってばかりいたけど
「でも、あの人さ……」
きみは知らなかっただろうけど…、塾の入り口が見えるコーヒーショップで勉強してたよ。真剣な目で、すげぇ集中力でさ。でも、時々、ふっと視線上げて塾の方見てんの。
……これで、付き合ってないとか、わかんない。
わかんないけど、あの頃から、俺はずっとかなわない。
だけど、今、なんでか少し清々しくて。
その倍ぐらい悔しくて、苦しくて。
でも、その何倍も、……今までで1番、自分のこれからが楽しみで、初めて頑張りたいって思ってる。
「ありがとう」
そう言えた自分のこと、今までより少し認めてやってもいいと思えた。
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