episode 10

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ロビーを抜け、病院職員専用の通路を通って、黒く重厚な扉の前で深呼吸した。 【院長室】と掲げられたプレートを見て、一回目を閉じた。 ここにくるのは……、あの時以来だ。高校3年生の3月。受験結果が出た日。 はっきり覚えてる。 あの時は、緊張で足が震えるのに、変な高揚感もあって、喉が張り付いたように乾いていて、とにかく必死で言葉を紡いだ。 私を見つめるその視線の前に立つことで精一杯だった。 嫌いだと思いながら、1番縋っていたのは私だ。 ……そんな自分が1番嫌いだった。信用できなかった。 全部捨ててしまいたいと思ってた。 ……間違ってた。そうじゃなくて、私は…私らしく守りたかった。 私の選択を意味づけできるのは、私だけなのに。 ……今は、もうわかってる。 ゆっくりと目を開けた。 あの日のようにやっぱり緊張はしている。でも、怖くはない。 目の前の扉をノックすると、低い返事が聞こえた。 「…忙しいのに、ごめん」 部屋に入れば、あの時と変わらない風景が飛び込んできた。 重厚で立派なのは院長室と掲げられたあの扉だけ。 その部屋の中は、入口からは想像できないくらい普通の空間だ。 簡素な事務机。無機質なスチール製のロッカー。 使い古して味わいが出過ぎてる茶色い革張りのソファは、私が子供の時からすでにくたびれていて、買い換えればいいのにって言ったこともある。 『この部屋にはあまりいないからいいんだよ。パパは患者さんと一緒にいるのがお仕事だから』 そのボロボロのソファに座っている人は、立ったままでいる私を見上げている。 「座りなさい」 促されて黙ったまま座れば、真正面から容赦のない射抜くような視線を向けられる。 「お父さん……、森田くんのこと、迷惑かけてごめんなさい」 「……」 「私の自分勝手に、病院を…お父さんを…、巻き込んだ」 「……」 「本当にごめんなさい」 「……」 無言のままのお父さんの眉間がぴくりと寄って、皺が一段と深くなる。 空気が薄くなったように、心臓が窮屈に締め付けられる。 でも、目を逸らしちゃいけない。 ここで逃げたら、何も変わらない私のままだ。
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