261人が本棚に入れています
本棚に追加
ロビーを抜け、病院職員専用の通路を通って、黒く重厚な扉の前で深呼吸した。
【院長室】と掲げられたプレートを見て、一回目を閉じた。
ここにくるのは……、あの時以来だ。高校3年生の3月。受験結果が出た日。
はっきり覚えてる。
あの時は、緊張で足が震えるのに、変な高揚感もあって、喉が張り付いたように乾いていて、とにかく必死で言葉を紡いだ。
私を見つめるその視線の前に立つことで精一杯だった。
嫌いだと思いながら、1番縋っていたのは私だ。
……そんな自分が1番嫌いだった。信用できなかった。
全部捨ててしまいたいと思ってた。
……間違ってた。そうじゃなくて、私は…私らしく守りたかった。
私の選択を意味づけできるのは、私だけなのに。
……今は、もうわかってる。
ゆっくりと目を開けた。
あの日のようにやっぱり緊張はしている。でも、怖くはない。
目の前の扉をノックすると、低い返事が聞こえた。
「…忙しいのに、ごめん」
部屋に入れば、あの時と変わらない風景が飛び込んできた。
重厚で立派なのは院長室と掲げられたあの扉だけ。
その部屋の中は、入口からは想像できないくらい普通の空間だ。
簡素な事務机。無機質なスチール製のロッカー。
使い古して味わいが出過ぎてる茶色い革張りのソファは、私が子供の時からすでにくたびれていて、買い換えればいいのにって言ったこともある。
『この部屋にはあまりいないからいいんだよ。パパは患者さんと一緒にいるのがお仕事だから』
そのボロボロのソファに座っている人は、立ったままでいる私を見上げている。
「座りなさい」
促されて黙ったまま座れば、真正面から容赦のない射抜くような視線を向けられる。
「お父さん……、森田くんのこと、迷惑かけてごめんなさい」
「……」
「私の自分勝手に、病院を…お父さんを…、巻き込んだ」
「……」
「本当にごめんなさい」
「……」
無言のままのお父さんの眉間がぴくりと寄って、皺が一段と深くなる。
空気が薄くなったように、心臓が窮屈に締め付けられる。
でも、目を逸らしちゃいけない。
ここで逃げたら、何も変わらない私のままだ。
最初のコメントを投稿しよう!