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リップクリーム-2
その夜、風呂から上がって自室に戻ると、ベッドの上に放ってあったスマホが点滅していた。急いでタップすると、初めて見る猫のアイコンからメッセージが届いている。誰もいない部屋できょろきょろとし、あたしは意味もなくブランケットを頭から被ってメッセージを開いた。
『リップクリームありがとう』
たった一言だったが、顔がかーっと熱くなる。一気に汗が出てきて、慌てて髪を拭いていたタオルで顔を押さえた。
『いいにおいって言ってたから』
するとすぐに既読の印がついて返信が来た。
『大切に使うね』
設定されたハチワレの猫の画像を見、あたしは足をジタバタさせて突っ伏した。
「……やばい」
思わず声が出た。
「あたし、恋したかも……」
恋の単語にいたたまれなくなって枕に顔をうずめる。だが、目蓋を閉じると実験室で見た和泉の青ざめた顔と碓氷のにやりとした顔が蘇った。すぐに顔をあげ、自分のリップクリームを取り出してそっとくちびるに塗る。上下のくちびるを合わせ、潤いでくっついたくちびるが離れるとちゅっと小さな音が鳴った。同じリップクリームを使っている。ただそれだけなのに、ますます顔が熱くなった。
「イズミンの馬鹿」
碓氷の顔を思い出し、ピンクのネイルの爪先でスマホを弾く。
「付き合ってないから別れられないって、意味分かんない」
白黒のハチワレの画像をタップして眺める。明らかに自宅で撮った画像だ。猫の向こう側に白のレースカーテンが映り込んでいる。きっと碓氷なら和泉の飼うこの猫の名前も知っているのだろう。もやもやに耐えきれずメッセージを打ち込む。
『猫、なんて名前?』
するとあっけなく返事が来た。
『お茶漬け』
あたしはけらけら笑ってベッドで転がった。自分のくちびるから漂うはちみつのにおいに目を瞑ると、緩やかな眠気が襲ってくる。夢の中で猫が梨ジュースを飲んでいた。
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