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罰掃除2-2
「おい」
ふと気づくと碓氷が目の前に立っていた。身長が高い碓氷を馬鹿みたいに見上げると、いきなり金髪を掴まれて実験室に引きずり込まれた。
「痛い!」
あたしの悲鳴に、床に膝をついていた和泉がはっとしたように顔をあげた。
「碓氷、痛い! 離して!」
頭を引っ張られる手を振り払おうとすると、碓氷はあたしをそこにある椅子に押すように座らせた。どすっと座った丸椅子がなんだかひやりとしていて、金属製の足に素足の部分が触れると冷たい。そんなあたしに屈み込んできた碓氷が顔の側で威圧感のある声を出した。
「姫宮、千尋が俺に今なにをしてたか分かるよな? 多分、お前もやったことあるんじゃねえの。先生にチクるか?」
あたし、そんなふうに見られてるんだ。その言葉にショックを受けたと同時に、和泉はしたことがあるんだという現実がひやりと背中を撫でた。だが、ぐっと堪える。ここで怯んでは駄目だ。碓氷が今意識しているのは和泉で、あたしじゃない。こちらが平然と振る舞えば、「クラスメイトにそういうところを見られた恥ずかしい和泉」なんてものは生まれない。
深呼吸したい気持ちを必死に堪え、「女子の髪を引っ張るとか信じらんないし!」と怒って碓氷を睨み上げた。
「馬鹿にしないでよね。ウチの彼氏、アンタと違って超紳士だからそういうことは強要しないし。学校の廊下でチューして実験室でエッチしようとするアンタとは違うの」
「お前の彼氏、いくつだよ?」
「二十。大学三年生。バイオサイエンス学科で研究者目指してんの」
兄の情報をそのまま口にすると、碓氷はふうんと鼻白んだ。あたしは髪を引っ張られてずきずきする頭を押さえた。
「前にも言ったけど、こういうのは家に帰ってからにしてくんない? 罰掃除のたびにアンタらにびっくりするの、嫌なんだけど」
そして「ウチが家に帰るのが遅くなるじゃん」と口をとがらせてじろりとねめつける。全く和泉に触れないこちらに毒気を抜かれたのか、碓氷は拍子抜けしたように頭を掻いた。
「あっそ。じゃあ罰掃除頑張って。千尋、お前も手伝ってやれよ」
碓氷はさっさと実験室を出て行き、急に体から力が抜けた。丸椅子にそのまま座り込んでいたかったが、廊下の落とし物は放っておけない。あたしは動かない和泉から目線を逸らして足に力を入れ、必死に立ち上がって廊下に出た。リノリウムの床に上履きがきゅっと鳴って、急にどくどくと音を立て始めた心臓を落ち着けようと二度深呼吸する。
あたしが今すべきことは。呼吸を整えつつ頭を整理する。イズミンにいつも通りに振る舞うこと。そう、きっとこれが正解。
ふうと息を吐き出すと、落としたままの雑巾やバケツ、ほうきを拾ってから実験室に戻って扉を閉めた。ゴトという扉の音が鳴った次の瞬間、後ろから「姫宮さん!」と大声が聞こえた。
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