飲み物制覇-1

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飲み物制覇-1

 掃除が済むと、職員室に報告に行ってから中庭に寄ってオレンジジュースを二つ買った。皆が帰った教室に一人戻っていた和泉に「お礼」と片方を渡すと、彼の睫毛がぱちぱちと上下に動く。 「俺が勝手にやっただけなのに」 「中庭に寄ったから、ただのついでだし」  あたしはそう言い、机にジュースのパックを置いてスマホを掲げた。教室に入り込む五月の夕方はまだ明るくて、きれいに写真が撮れそうだ。カシャッと画像に収めると、すぐに加工してSNSにアップする。スマホをスクロールすると、爪が視界に入った。ピンクのネイルが少しはげてきている。これではみすぼらしい。家に帰ったら塗り直そうと思いつつ、家にあるネイルの小瓶の色を考えながら言う。 「ウチ、学校中の飲み物を制覇しようと思ってて、自販機の端から順番に買ってんの。昨日は炭酸でつらかった。ウチ、炭酸飲めないし」  ほら、と昨日SNSに載せた画像を和泉に見せると、彼はまじまじと手元を覗き込んできた。底が花びら型に立っているペットボトルの画像を見、怪訝そうな顔をする。 「炭酸が苦手なのに飲んだの?」 「制覇を目指してるんだから飲むっしょ」 「飲み物を制覇するって決めたのは誰なの」 「ウチだけど?」 「……姫宮さんってちょっと変わってるね」  和泉の感想を聞き流し、そのまま和泉の前の椅子に腰かけてパックにストローを差す。ズズッとオレンジジュースを啜ると甘い味がじんわりと口内に広がった。午前中に降った雨のせいなのか、エアコン付きの教室でもどことなくじめじめとしている。  ようやくパックにストローを差した和泉を見、あたしは「そうだ」とスマホをタップした。 「イズミン、連絡先を教えてよ。お勧めのジュースがあったら教えるし」  すると彼は「え?」と驚いたようにストローから口を離した。 「第二校舎の裏にも自販機があるって気づいてさ、ウチの冒険はまだまだ続くよ」 「えっと、なんで俺? 姫宮さん、友だちが多いんだからその友だちに教えればいいんじゃない?」  クラスの女子はだいたい三グループに分かれている。勉強や部活に熱心な子、ちょっとオタクっぽい趣味にいそしむ子、教室内でも自撮り棒でばえる画像を撮るあたしや陽キャの子。あたしはその円の重なる中心にいて、勉強のできる子とノートの貸し借りもするし、趣味に夢中な子と流行りのマンガについても話すし、スマホでかわいく写るにはどういう角度がいいか研究したりもする。和泉があたしのことをほぼ正確に把握していることにちょっと驚いたが、まるで連絡先を教えたくないと言わんばかりの言葉に思わず和泉をねめつけた。 「ウチに教えたくない感じ? ごまかさないではっきり言いなよ」 「そういうわけじゃないけど」  戸惑う和泉の言葉に「言質取った」とSNSのQRコードを突きつけた。 「これ、ウチのアカウント。イズミンのは?」  和泉が慌てたようにスマホを取り出し、「どうやるんだっけ」と言いながらもコードを読み込んだ。フォローの通知が来て、即返す。さっと中身を見たが、写真はおろか、プロフィール画像も初期設定のままだった。 「このアカウント、使ってないじゃん。もしかして、教えたくない人用?」  あたしの声が鋭くなったからか、和泉がまた慌てたように首を横に振る。 「連絡用に作っただけだから。姫宮さんみたいな使い方はしてないよ」 「でもこれじゃイズミンのこと、なんも分かんないし」 「俺のことなんか知ってどうするの」 「クラスメイトなら仲良くしたいじゃん」
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