事件

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事件

 数日に一回の和泉とのやり取りが常態化した梅雨の入り、事件が起きたのは昼休みのことだった。移動教室から帰ってきて教科書をロッカーにしまっていると、廊下から大きな声が聞こえた。クラス中がどうしたんだと窓から廊下を覗き見る。あたしも右にならえで廊下に出てみたが、碓氷が和泉を突き飛ばす様子が目に飛び込んできて、思わず目を見開いた。長袖を捲った和泉がよろけてコンクリートの壁に背中を打つ。その足元には大量のプリントが散らばっていた。 「お前、なんか勘違いしてんじゃねえの」  碓氷が激昂した様子で和泉を睨んだ。一方の和泉は眼鏡を押さえて「違うって」と小さく反論する。 「委員長だからって女子にちやほやされてんじゃねえよ。どうせ役割を押しつけられただけのくせに、いい子ちゃんしやがって」  いつかのように和泉のネクタイを掴んで引っ張った碓氷が、「お前によそを見てる権利なんかねえんだよ」とすごんで全員の前でキスをした。あたしの口がぽかんと開く。  途端に廊下でキャーと歓声があがり、教室から身を乗り出していた男子たちもうわっと声を漏らした。あたしの周りがざわついて、皆が自分勝手に話し出す。 「牽制ってこと? 圧倒的愛されてる感!」 「でも人前であれは引くわ」 「ホモキスを喜ぶやつ、腐女子決定」 「でも碓氷君と付き合えてる和泉君、ちょっと羨ましくない?」 「嫉妬ってこわ」  碓氷が踵を返したざわめきの中、和泉はくちびるを拭うと周りを無視してプリントを拾い始めた。側に立っていた女子が慌てたようにそれに続く。どうやらその女子と話していたかなにかで碓氷を怒らせたらしい。  和泉はかき集めたプリントを女子に手渡すと、周りの視線を振り切るように俯いて廊下を歩き出した。あたしの横を通り過ぎるときに眼鏡のフレームの隙間から目に光っているものが見えて、あたしは「ウチ、お腹痛いから保健室行く!」と友人に言い放った。
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