拒絶-1

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拒絶-1

「……俺たち、別に付き合ってないよ」  ぽつりと出てきた返事にあたしは驚いた。和泉が密やかな笑みを作る。 「俺と付き合ってるって言うのは女子よけのカモフラージュで、他校にちゃんと彼女がいるんだよ」 「え? でもチューしてたじゃん? ウチ、生チュー見たの初めてだからびっくりした」 「実験室で会ったときはそんな驚いてるようには見えなかったけど」 「エッチの最中だったら倒れたかも」  すると和泉は「そんなことにならなくてよかったよ」と空を振り仰いだ。だが、そのまま口を閉ざし、俯いて地面を見つめる。あたしもコンクリートと土の境目から力強く伸びる雑草を見た。日の差さないそこでも生えている草はなにかに抗っているようにも見える。  あたしはポケットからリップクリームを取り出した。黄色のそれを「使う?」と差し出す。和泉は意味が分からないというように「なんで?」と戸惑ったような顔をした。 「だって、彼氏じゃないのにチューしたんでしょ。くちびる、気持ち悪くない? このリップ、今朝新品のを開けたばっかりだから使ってないよ」  すると和泉はまじまじとリップクリームを見、「ありがとう」と受け取った。色の薄いくちびるにそれを塗る様子をじっと見つめる。すると和泉がなにかに気づいたような顔をした。 「いいにおいだね。リップクリームって初めて使ったけど、においあるんだ」 「これ、ウチのお気に入り。はちみつのにおいって安心しない?」 「あ、ホントだ。ハニーの香りって書いてある」  和泉がようやく素の声を出したので、あたしは肩の力を抜いた。他人の恋愛に口を挟んでもいいことはないと聞いたことはある。だが、和泉の目に涙が溜まっているのを見たのに放っておくのは性分が許さなかった。 「イズミンさ、言いなりになるのダサいよ。カモフラージュとか意味分かんないし」 「返す言葉もないよ」 「そうじゃなくて。イズミンはどうしたいの」  すると和泉はちらりとこちらを見下ろした。 「付き合ってないんだから別れられないよ」 「恋人役をやめればいいし」 「……柊馬君がそれを許さないよ」 「どうして?」 「どうしてもだよ」  和泉は静かに続けた。 「姫宮さんには分からないよ」  はっきりと拒絶され、あたしは言葉を失った。和泉はすべてを諦めたかのように微笑し、入り込んできた風に揺れた前髪を掻き上げる。初めて見たくっきりとした眉頭が寄せられている。それが和泉の気持ちを代弁しているように見えた。授業をする教師の声が遠く反響して聞こえてくる。
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