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――バルドルみたいだ。
以前読んだ、世界神話をまとめた古い本。その挿絵に描かれていたバルドルという名の、美と光の象徴として崇められる神様に似ていると思った。
「これ、あげる」
そんな、神のように美しい少年が、自分の鞄から紙袋を取り出す。はい、と差し出されたその袋には、サンドイッチが二つ入っていた。野菜やハムなどの具材がぎっしりと詰まった厚みのある断面に、喉が鳴る。
「だから、それは捨てようか」
壱弥の持つハンバーガーに、少年の目が留まる。いつもなら、こんな上等な戦利品を手放すなんて考えもしない。
けれど、彼が「捨てろ」と言う。
壱弥はためらうことなくハンバーガーをゴミ箱に放った。
伺うように視線を送ると、彼は微笑みながら小さく頷いてくれた。
飼い主からの許しを得たみたいに、貰ったサンドイッチにかぶりつく。
「……君、親は?」
頬を膨らませ夢中で食べる壱弥に、少年が尋ねる。
「……いない」
短く答えると、少年は驚いたような表情を浮かべ、「そう」と呟いた。
「これ……もう一個も、食べていい?」
あっという間に分厚いサンドイッチを平らげ、残りの一つも袋から取り出す。
「いいよ。座って食べようか」
少年は壱弥をベンチに座らせ、自分もその隣に座った。
「美味しい?」
尋ねられ、ぶんぶんと首を縦に振る。
普段は、傷んでいないまともな物を食べられただけでラッキー、という生活だ。だからこんなに美味しいサンドイッチは、まるで知らない世界の食べ物みたいだと思う。
「今年の冬は、寒くなるらしいよ」
壱弥が瞬く間に二つ目のサンドイッチも食べ終えた時、少年が立ち上がった。
彼は自分のマフラーを解き、壱弥の首にふわりと巻きつけた。
不意に訪れた柔らかさと暖かさに、目を見開く。甘い香りがして、頭の芯がぼんやりと痺れた。
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