12

3/7
336人が本棚に入れています
本棚に追加
/90ページ
 数分後、部屋に戻ると、テーブルにあったシャンパンは下げられ、新しいワインのボトルがあった。  二脚のグラスには濃い赤色が注がれている。 「お待たせしました。……赤ワインですか」 「うん。リストに良さそうなのがあったから。オーストラリアのシラーなんだけど」 「いいですね」  響は席に着き、大ぶりのグラスの脚を持った。  木之原がグラスを目の高さまで上げる。響も同じようにして乾杯し、グラスを軽く揺らした。ワインが空気にふれ、ふわりと香りが立つ。 「……いい香りですね。白胡椒、バニラ、クローブ、それから――」  感じ取った香りを並べ、響は木之原と視線を合わせた。 「――無花果(いちじく)、かな」  木之原の眼鏡の奥、柔和な皺が刻まれた目元がこわばる。 「……このワイン、俺は飲まない方が良いですね」  響はグラスをテーブルに置き、部屋の天井隅へ手を振った。  すぐに二人の男が部屋に入ってくる。 「響!大丈夫?」  駆け寄って来た壱弥の姿を見て、響はほっと肩の力をぬいた。 「大丈夫だよ。英司、これ警察に渡すから。保管しておいて」 「……ど、どうして……この二人が居る……?」  木之原が呆然と呟く。響からグラスを受け取った英司が、冷めた目を木之原に向けた。 「すいませんね、センセ。俺は大阪には行ってないし、イチも解雇なんてしてないんですよ。響の周りに邪魔者がいない、絶好のタイミングだってあんたに思わせる為に、餌蒔いときました。まんまとアクション起こしてくれましたね」  響は天井隅に視線をやる。従業員に協力してもらい設置した小型カメラは、インテリアグリーンに囲まれ上手く隠されている。 「さっき、電話がかかってきたふりをして、本当はこの部屋の映像を見てたんです。……先生が俺のグラスに何か入れてるところ、しっかり映ってましたよ」  響は木之原を正面から見つめ、「先生がグラスに入れたのは、TX+ですよね」と冷静な口調で続けた。  目の前の主治医は表情がなく、何を考えているかは伺い知れない。けれど、聡明な彼は理解しているはずだ。罪の全てはすでに暴かれ、自分は嵌められたのだと。 「……先生はご存知だと思うんですけど、この店の下にあるクラブ、結構アングラ系の箱みたいで、週末のVIPルームでは、よくTX+パーティーが開催されてるらしいです。……今日もちょうど、土曜日ですね」
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!