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予想外の方向から突然小石をぶつけられたみたいに、嫌な痛みが胸に広がった。
「……それは……俺、果物の香りって言ってた?無花果とは言ってなかった?」
響は尋ねながら、その可能性はないなと気づいていた。壱弥の記憶力は、記憶というより、写真や動画を撮るように記録すると言った方が正しい。その正確さは疑う余地がない。
TX+から無花果の香りがするなんて情報は、どこにも出ていない。フィアラル・アルファの優れた嗅覚のみが察知できる僅かな香りを――TX+使用者も売人も、押収した警察も知らないそれを、木之原は知っていた。
「……なるほど。語るに落ちたね」
響の説明を聞き、木ノ原は自分のミスを恥じるように目を細めた。
「映像も物的証拠も押さえられてるんじゃ、隠しても仕方ないな。僕はTX+の開発者だよ。壱弥くんの鼻が嗅ぎ取った通り、TX+には無花果の葉が僅かだけれど使われている」
木ノ原の告白に、響は目を見張った。
TX+になにかしらの関わりを持っているだろうとは思っていたけれど、まさかその最高責任者だとは想像していなかった。
「産みの親だとは、さすがに思っていなかったかな?親馬鹿かもしれないが、なかなか悪くない薬だと思うから、ぜひ響君にも試してもらいたかったよ」
にこりと笑う木ノ原に、響は思わず目を伏せる。響の尊敬していた彼は、もうどこにもいないのだと痛感する。いや。そんな人は最初からいなかったのかもしれない。
響は顔を上げ、木ノ原を見据えた。
「俺には不必要なものなので、遠慮しておきます。それに、あの脅迫状もいらないので、先生に全てお返ししましょうか?」
「……ああ、アレも僕からの贈り物だと気づいてたのか」
響は一枚の写真をテーブルに置く。どこかの街中、斜め上の角度から撮られた響が写っている。目線は合っておらず、画像も荒い。
「ずっと、宮下が犯人だと思ってました。でも先生がTX+に繋がっている可能性が出てきて、改めて色々調べ直したんです」
写真をとんと指で突いた。
「これは、脅迫状と一緒に送られてきた隠し撮り写真です。周りの景色から、九段下にあるチョコレート専門店の、テラス席から撮られたことが分かりました。先生のお気に入りのショコラトリーですよね」
写真を覗き込んでいた木之原が、ふうとため息を吐いた。
「……僕は犯罪者の才能がないな。詰めが甘い」
やれやれとどこか楽しそうに口元を緩めている。
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