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「いやいや、イチも響と(つが)いたいに決まってんじゃん」 「でも……英司にも言っただろ?俺と壱弥、実は昔会ったことがあるって」 「ああ、響が中学の時だろ」  壱弥の入院の準備をしている時に、彼の荷物の中から、ボロボロのマフラーを見つけた。元は灰色をしていたらしいそれは色褪せ、所々がほつれて、とても使えそうにない代物だった。それでもそのマフラーは丁寧に畳まれて、荷物の奥に大事そうに仕舞われていた。  灰色のマフラーは、不思議と見覚えがある気がした。かろうじて残るタグに記されたブランドは、父のお気に入りのメゾンだ。フランスの本店へ行く度、よく土産を買ってきてくれた。頭の奥を刺激する記憶がある。  ――雪だ。  ふわりと、情景がひとつ降り落ちたのをきっかけに、響は壱弥と初めて会った時のことを思い出した。  最後に中学校へ行った日。サンドイッチを買って、そのまま家へ帰りたくなくて公園へ寄った。雪が降る寒い公園には、ゴミ箱から拾った物を食べようとしていた少年がいた。響はその少年に、サンドイッチとマフラーをあげた。  あれが、壱弥だったのだ。入院中の壱弥に確認すると、「思い出してくれたんだ」と、とても嬉しそうに笑っていた。 「あの出来事があったから、壱弥は最初から、俺に特別懐いてくれてたんだよ。……なんていうか、刷り込みじゃないけど……昔の恩人に対する敬愛というか……」 「……尊敬とか友愛を、恋愛的な好きと勘違いしてるって?」 「そう。……それに、バース性の相性もいいから、なおさら」  英司が腕を組み、背もたれに寄りかかりながらうーんと唸る。何かを考え込むような表情を作る英司に、響は眉を寄せた。悪友が碌でもないことを言い出す時の空気を感じる。 「……響ってさ、童貞で処女だよな」  ――ほら。なんだコイツ。 「セクハラは減給対象ですが」  眉間の皺を深くする響に、英司は「社長すいませんでした」と笑う。 「でも、そうだよな?」 「……そう、だけど」  唇を尖らせ答えた。  バース転換前はまだ中学生だったし、転換後は、オメガとして誰かと行為をするなんて考えられなかった。それに、ただでさえ国内有数の大企業社長の息子だ。相手は慎重に選ばざるを得ないし、処女で童貞どころか、実は付き合った経験さえない。 「お前さ、イチと番ってもいいって思ってること、直接本人に言った?」 「……言ってない」
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