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 響がコーヒーを入れ直し、リビングでタブレットを弄っていると、玄関から「ただいま」と声がした。壱弥が買い物袋を抱え、部屋に入ってくる。 「おかえり。ありがとう」  袋を受け取る際、触れた壱弥の手の冷たさに驚いた。 「わ。氷みたいだな」  大きな手を包むように握ると、壱弥がわずかに身体を退く。 「う、うん……外、すごく寒かった」  どこかギクシャクと答える壱弥に、響はそっと手を離した。 「買い物、本当助かったよ。ココア入れるから、手洗って来な」  洗面所へ向かう壱弥の背を見送り、響はふうと息を吐く。  壱弥から、やっぱり緊張感と戸惑いのようなものを感じて、少し寂しい。寂しいなんて、そんな風に思う自分にまた溜め息が漏れる。  今まで様々な経験をしてきて、様々な人間と関わってきたから、並大抵のことでは動じなくなったと思っていたけれど。壱弥のことになると、どうにも上手くいかない。リスクヘッジも出来なくなるし、決断力も鈍るし、挙句、メンタルも弱くなってしまう。  再び溢れそうになる重い息を飲み込んで、買い物袋の中身を無心で冷蔵庫に移した。 「響の作ってくれるココア、本当に美味しい」  ニコニコと美味しそうにココアを飲む壱弥は、ソファに深く腰掛け、リラックスした様子だ。けれど、響が隣に座ると、背筋がぐっと伸びる。  英司の助言が頭をよぎった。  ――ちゃんと言葉にしないと、ダメなことってあるから。  確かに、人と人が理解し合う手段は、対話が基本だ。 「……壱弥、ちょっと話があるんだけど、いい?」 「う、うん。……どうしたの?」  響の改まった口調に、壱弥がココアをローテーブルに置いた。二人分の緊張が、部屋の空気に漂う。  頭の中で、伝えたいと思っていることをまとめる。  番になるなら壱弥がいいと思っていること。ヒートを気にしてぎこちなくされるのは、ちょっと寂しいと感じること。  響はよしと顔を上げた。 「……あのさ、俺のヒート、そんなに警戒しなくていいよ」 「え?」 「……俺は壱弥と、つがい――」  そこまで言って、ハッとする。  ――待てよ。もしや自分は今、とても身勝手なことを言おうとしているのでは……?  壱弥は、番関係とか、響との将来はまだ考えられないという気持ちかもしれないのに、「俺は番いたいと思ってる」なんて伝えるのは、イコール「お前もそうだよな」と彼にプレッシャーをかけることにならないだろうか。しかも自分は壱弥の上司であり雇用主という立場だ。住居の提供もしているし、職権濫用に当たる可能性が―― 「響?」  ぐるぐると回る思考が、壱弥の声で断ち切られた。
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