ヒメジョオン

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ヒメジョオン

 その週の土曜日。よく晴れているが、残念ながら窓はまだ修理できていない。僕は、雨戸を数日ぶりに開け放した。光と風が、いっせいに部屋へ入ってくる。 「うわあ、気持ちがいいな!」  外を眺めると、あちらこちらで緑が濃く光り輝き、目に眩しい。仕事のことなど忘れて、外を歩きたくなった。 「でも、願い事かあ……どうしよう」  頭を抱えるが、答えは出てこない。やはり、モモがいないのに、自分だけ幸せになるのは、罪悪感があった。 「……散歩にでも行くか……」    僕はパジャマからジーンズに着替え、外に出た。散歩なんて、久しぶりだ。  少し行くと、川べりに出た。右に住宅街、左に土手を見ながら歩く。 (昔はよく、こんな感じの道をモモと一緒に歩いたっけな)  今、僕が歩いている道は、昔、モモと散歩した道によく似ている。  ついこの間まで、この土手には紫陽花が咲き乱れていたが、今は薄ピンクのヒメジョオンが目立つ。雑草だが、僕はわりと好きな花だ。 (あの道も、ヒメジョオンがよく咲いていたな……)  花の根元をクンクンと嗅ぎまわるモモを思い出した。高校を卒業するまでは、モモを散歩させるのは僕の役目だった。大型犬だが、落ち着きのない犬で、散歩のときも真っ直ぐ歩かない。あちらこちら嗅ぎまわり、道をジグザグに歩いたものだ。  そんなモモが弱り始めたと聞いたのは、去年の春頃だったろうか。 「モモが最近、あまり散歩したがらないの」  以前は一時間ほど散歩していたのが、近ごろは十分も歩くともう、家に帰りたがるのだと、母が電話で話した。  そして秋には、「もうすっかり散歩に行かなくなった」と言い、両親はしょっちゅう僕に、 「今のうちに会いに来なさい」と電話を寄こした。  だが僕は行かなかった。就職活動で忙しかったせいもあるが、面接を何度受けても落とされ、焦っていた僕は、就職できるまではモモは元気でいてくれるだろうと、漠然と思い込んでいた。いや、思い込もうとしていた。  そんな薄情な僕が、モモのことを楽しく思い出すなど許されない気がした。
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