捨て犬

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捨て犬

(やっぱり、川沿いに来ると思い出してしまう な……。帰ろう……)  そう思い、うつむいていた顔を上げると、ヒメジョオンの群生の中で、何かが動いたのが見えた。 (何だろう?)  茶色のそれは、むっくりと上体を起こした。  犬だ。 「お前、どうしたの?」  声をかけながら、ゆっくりと近づいてみた。逃げようともしない。近くで見ると、少し汚れていて、前足をしきりに舐めている。どうやら怪我をしているようだ。用心しつつ、そっと手を差し出してみると、つぶらな瞳で僕をじっと見つめてから、クンクンと匂いを嗅ぎ、ひと舐めした。 「人に慣れてるな。捨てられたのかな……」  見つけてしまったからには、放っておけなかった。仕方なく僕は、その足で近くの動物病院に連れていくことにした。抱えてみると、かなり痩せている。小型犬とも中型犬ともつかない大きさだ。持ち上げられても、少しも騒がない。やっぱり誰かに飼われていたのかもしれない。  十五分ほど歩いて、ようやく病院に辿り着いた。 「そんなに大きな怪我ではありませんね。三才くらいかな? 女の子ですね。拾ったんですって?」  獣医はいかにも優しげな年配の男性で、丁寧に診察してくれた。 「ええ」 「雑種で、仔犬でもないから捨てられたのかもしれませんね。ずいぶん彷徨ったんじゃないかな。ひどいことしますね」 「……そうですね……」  ひどいことしますね、という言葉に、ドキリとした。僕だって、モモにひどいことをした。この犬を捨てた人間を責める資格はない。 「あなた、この犬を飼うんですか?」 「まだわかりません。今日はとりあえず連れて帰りますが」 「そうですか……」  獣医は少し残念そうな顔をしたが、今の僕に犬が飼えるとは思えない。  全身を洗われた犬は、泥のような茶色から、綺麗な薄茶色になった。抱えて病院を出ると、外はもう、薄暗くなっていた。
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