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モモ(1)
「はあ……」
月曜日、僕はまたも職場の給湯室で大きなため息をついた。コーヒーを淹れたが、一口も飲まず、もう一回「はあ~」とやった。給料日前なのに窓は割れたままの上、昨日は犬用のトイレとドックフードを購入する羽目になった。散財である。
「はあ……」
三回目のため息をついた時、青井先輩が弁当箱を持って入ってきた。
「今日も深いため息だね。窓はまだ直らないの?」
「あ、はい。あの、ちょっと別の問題も出てきて」
この人には、いつもため息を聞かれて恥ずかしい。だが、窓が割れた話をしてからというもの、少し距離が縮まったというか、実はとても話しやすい人だということに気が付いた。
「別の問題って?」
「おととい、犬を拾ったんです」
僕は事の顛末を話した。
「ちゃんとトイレを使えたので、飼われてた犬だと思うんですよね」
「そうなの……保健所には連絡したの?」
「しました。飼い主らしき人からの届け出はないそうです」
「そう……やっぱり捨てられたのかしらね。そしたら、藤原君が飼うの?」
青井先輩は、ちょっと期待するような顔で訊いた。
「いえ僕は、ちょっとあの……新しく犬を飼う自信が無くて」
「前にも犬を飼っていたの?」
「はい、実家で。でも今年に入ってすぐ、亡くなってしまって」
「それは可哀想だったわね……なんていう名前だったの?」
青井先輩は、本当に気の毒そうな顔をして訊いた。その優しさが、僕の身に沁みた。胸の奥が、じんわりとあたたかくなると同時に、ギュッと痛んだ。
青井先輩の黒目勝ちの目は、モモを思い起こさせた。
「モモです。女の子で、ちょうど桃の節句に家に貰われてきたので、僕が名付けました」
「かわいい名前ね。どんな子だったの?」
「大型の黒い毛並みの雑種です。僕が小学生の時、近所の家で仔犬が生まれたのを貰ってきて。その時は小さくてフワフワした黒い毬みたいでしたけど……」
僕は、初めてモモに会ったときのことを思い出した。生き物を飼うのは初めてで、おっかなびっくり抱き上げると、モモはつぶらな瞳でじっと僕を見つめた。僕はたちまち、モモに夢中になった。
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