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モモ(2)
「それがあっという間に大きくなって。怖がりで落ち着きがなくて、でも優しくて、僕が落ち込んでいると慰めてくれました。……去年の春頃から急に歳をとって、散歩もあまり行かなくなったって、親から聞いてはいたんですけど」
僕は演劇以外で長々と話すのが苦手なはずなのに、何故だか止まらなくなった。心の中で、「この人なら話してしまっても大丈夫」という、もうひとりの僕の声がした。ふと見ると、青井先輩は優しい顔で聴いている。
──そうだ、これもきっと、天使の魔法に違いない。魔法だから、話してしまおう。
「好きだった演劇の道をあきらめて就活を始めたけど全然うまくいかなくて、すごく焦っていて、毎日説明会と面接が入っていて……」
僕はそこで喉がヒリヒリして、コーヒーを一口飲んだ。
「そしたら、この一月に亡くなってしまって」
「そう……」
あれは、雪が降りそうな寒い朝だった。母から、モモが亡くなったと電話があり、その日も面接が入っていたが、僕はそれをキャンセルして、実家へ向かった。電車に揺られながら、まだ信じられない思いでいた。家に着けば、モモが生き返って僕を出迎えてくれるのではないか……そんなことを考えていた。
だが、僕を待っていたのは、冷たくなったモモの骸だった。それを見たとき、僕の口から出たのは「どうして?」という言葉だった。
それは「どうしてもう少し待っていてくれなかったんだ」と、「どうしてもっと早く来てやらなかったのか」という二つの「どうして」だった。二重の「どうして」が僕の頭をぐるぐる回り、僕は泣くこともできなかった。
「ものすごく後悔しました。実家までは電車でほんの二時間なのに。行こうと思えば行けたはずなのに……」
「……それだけ余裕がなかったのよ」
青井先輩の声が優しく響く。
「その後すぐ、ここの内定が取れたんです。まるでモモと引き換えに就職できたみたいで……」
「考えすぎよ」
「しかもここでは、皆さんの足を引っ張ってばかりだし」
「まあ、落ち着いて。ほら、ティッシュ」
情けないことに、僕は少し泣いていた。モモのことで泣いたのは、これが初めてだった。
「すみません」
「いいから、いいから。さあ、コーヒーを飲んで」
僕は言われるがままマグカップを握り直す。親に慰められている子どもみたいだ。
「うちは猫を飼っているけど、犬はちょっとね……。母が苦手だから飼えないの。でも、新しい飼い主を探す手伝いならできるよ。後で写真を送ってちょうだい」
「……はい、ありがとうございます」
僕たちはLINEを交換した。
「桜子」とアカウント名が書かれた青井先輩のアイコンは、茶色の目をした白猫だった。
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