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天界
その日の、仕事からの帰り道。
青井先輩と出かける約束をとりつけた僕は、浮かれながら坂道を登っていた。上まで行けば僕のアパートだ。
ところが、五分もあればアパートに着くはずが、十分歩いても十五分歩いても、一向にたどり着かない。
(おかしいな……)
周りを見ると、いつの間にか見慣れた近所の景色ではなく、白い霧のような、雲のような、不思議な空間を歩いていた。
(天国……?)
そこは我々人間が、天国と聞いてイメージするところに、とても似ていた。
果てのない雲海は虹色に輝き、様々な色の羽根を持った天使達が大勢いた。 それらのある者はワインを飲み、ある者は踊り、ある者は寝っころがり、好きにしている。天使パーティーにでも呼ばれたのだろうか。キョロキョロしていると、
「よく来てくれましたね」
と、聞き覚えのある優しい声がした。
あの、カケラを落とした天使だった。青白い羽が、今日はまた一段と光り輝いている。それだけではない。身体全体が光に包まれていて、神々しい。そして極めつけ、頭上にいわゆる「天使の輪っか」が浮いている。今更ながら、本当に天使だったんだと感心した。だが今は、それどころではない。何故、僕はこんなところにいるのか。
「こ、これは一体……。もしかして、ここは天国?」
「天界の端っこです。天使たちの休憩所のようなところです。ここなら、生きている人間でも、事情があれば連れてきていいことになっています」
「事情?」
「上司に『もうそろそろ……』とせっつかれておりまして……。それで、一番あなたが喜んでくれることを考えてみました」
「それで、ここに?」
「ええ。彼女との再会が一番喜んでくれるかと思って、連れてきましたよ」
「彼女?」
彼女って誰だ? と思っている僕の目の端に、懐かしい黒い姿が映った。
黒い毛並み、ふさふさの尻尾、黒い水晶のような瞳。それらは全て、「彼女」が一番元気な頃のものだった。
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