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地上へ
「もしもし……大丈夫ですか、救急車を呼びましょうか?」
「え? ええ?」
目を開けると、年配の婦人が、坂道の下で転がっている僕を心配そうに見下ろしている。
夢だったのだろうか。
「あ、いえ、すみません。ちょっと転んだだけで……大丈夫です」
「でも、泣いていますよ。どこか痛いのではありませんか?」
そう言われて、自分の頬に手をやると、確かに温かいものが幾筋も流れていた。その手にはモモを抱きしめたときの感触が残っていた。天界の雲の踏み心地もしっかり覚えていた。
僕は確かにモモに会ったのだ。そう思うと、感動で胸が詰まったようになった。
「すみません。ちょっと夢を見ていて……」
「夢?」
「ええ、とても……いい夢でした」
僕は両手で顔を覆った。老婦人はしばらく考えたのちに、ぽんぽん、と背中を撫でてくれた。それが合図のように、僕はまるで子どものように泣きじゃくりはじめてしまった。最近、僕は女性の前で泣いてばかりだ。
老婦人は、僕が泣き終えるまで付き合ってくれた。
とても長く天国にいたように感じたが、アパートに帰ると、まだ夜の七時だった。
アパートのドアを開けると、拾った犬が、僕を見て嬉しそうに尻尾を振っている。かわいい犬だ。僕は思わず笑顔になった。たちまち、この子をいとしいと思う気持ちがあふれてきた。
「お前に、名前をつけてやらないとな」
その前に、青井先輩に報告をしなくては。
『僕、あの犬を飼うことにしました』
すぐに返信が来た。
『え、本当に? それは良かったけど、急にどうしたの?』
『まだ辛い気持ちはありますが……前を向いていこうと思ったんです』
明後日の日曜日は、窓を直しに業者が来る。
それに備え、明日は部屋を片付けて、この子のケージを置く場所も作らなきゃ。
「さあ。忙しくなるぞ!」
僕はウキウキしはじめた。犬は、そんな僕を見て、「ワン!」と答えて、足元を走り回る。何が始まるのだろうかと、期待しているみたいだ。
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