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いつか、天界で
それから三回の夏が巡った。僕と桜子さんは──いつの間にか、青井先輩をそう呼ぶようになっていた──あの茶色の犬に「スモモ」と名付け、一緒に散歩している。
あの頃とは違って、僕はもう、こうやって川沿いを歩いていても、モモに罪悪感を覚えることはない。モモは今もきっと、笑って天国で、僕を待っていてくれると知っているから。
僕と桜子さんは、小さい家を買い、一緒に暮らしている。桜子さんの弁当を作るのは、僕の役目だ。桜子さんは相変わらず、毎日テキパキと仕事をしている。今年も、新人担当になったそうだ。
演劇サークルに入っていたおかげで色んな人の扱いに慣れている僕は、人事課に入ってから意外といい評価を得ている。何事も無駄にはならないものだ。
モモがいなくなって辛かったことも、演劇サークルに入って才能がないなと感じたことも、僕にとって、貴重な財産になったと、今では思っている。
家には天窓を一つ作ってもらった。空がいつでも見えるように。あの空の向こうにモモや天使が暮らしていると思うと嬉しくなる。
スモモを拾った土手は、今年もヒメジョオンが咲いている。僕は空を見上げた。
(モモ、天国で元気か? 僕たちも元気だよ。またいつか天国で走り回ろうな)
空を見るたび、心の中で呟く。隣で桜子さんがそんな僕を優しく見つめる。
きっと天使も、元気だろう。今日も希望のカケラを振りまきながら、甘い珈琲を飲みたがっているのかもしれない。
そうして僕と桜子さんは手をつなぎ、スモモに合わせて、ゆっくり歩くのだった。
(了)
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