青井先輩

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青井先輩

「修理代っていくらかかるのかなあ」 次の日の昼休み、僕は給湯室で珈琲の入ったマグカップを持ったまま、ため息をついていた。  そう大きくはないビルの中のオフィス。この間まで大学生だった僕は、春からここで働いている。給湯室には色々な菓子が置いてあるが、いつも手を付ける気にはなれない。今日も「お前はボンヤリしすぎなんだよ」と上司に言われてしまう僕には、、お菓子を食べる権利などない気がするのだ。 壁に掛かった小さな鏡を覗くと、そこには、まだスーツ姿がしっくりこない、冴えないサラリーマンが映っている。およそ天使がキスをするのにふさわしい顔ではない。 「やっぱり夢……いや、ガラスは割れていたわけだからなあ……」  結局昨晩は、ガラスを片付けた後、雨戸を閉めて寝た。夜中になかなかの重労働だった。朝起きてからも雨戸を閉めっぱなしなので、なんだか目が覚め切らない。しかも給料日前に窓ガラスが割れたのだから、悲惨なものだ。  まさかアパートの大家に「流れ星と天使が部屋に飛んできて窓が割れました」とは言えないから、結局自腹を切って修理せざるを得ない。新卒社員にとっては痛い 出費である。「子どもが悪戯をして、石を投げ込んだ」とかなんとか言えばいいのかもしれないが、嘘をついて修理代を出してもらうのは、どうも僕の性に合わない。僕は珈琲の入ったマグカップを持ったまま、 「はあ……」  と、もう一回、深いため息をつく。 「藤原君、どうしたの? そんなにため息ついちゃって」  その声に振り返ると、先輩の青井桜子さんが、弁当箱を持って立っていた。  黒く艶やかな髪を美しく一つにまとめ、清潔感のある薄化粧。美しいうりざね顔はいつもにこやかで、部内でもよく頼られている。弁当箱を持つその指の先には、桜色のマニキュアが光っていた。もちろん、仕事もできる。  そんな青井先輩は僕の教育係で、ミスばかりしている僕を、ずっとフォローしてくれている、ありがたい存在だ。
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