願い事

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願い事

 青井先輩が「また来てくれるよ」とは言っていたが、まさか本当に来てくれたうえに、願い事まで叶えてくれるなんて驚きだ。 「はい。お礼をしなければいけませんから」 「お礼……本当に?」 「はい。なにかありませんか?」  僕は戸惑った。いざ「願い事」などと言われても、思いつかないものだ。 「ええと……では、窓を直してください」  つい、そんな言葉を口にしてしまった。 「それは、業者に頼めばいいですよね」  天使の口から「業者」などという言葉が出てくるのは、違和感がある。この天使、ちょっと人間界に慣れすぎじゃないだろうか。 「窓ガラスが割れたの、そちらのせいですよね?」 「そうですけど……もう少しこう、夢のある願い事はありませんか? 他の人は家が欲しいとか、億万長者とか、大きなことを言いましたよ。億万長者になれば、窓の修理代なんて、はした金でしょう?」 「夢のある願い事、ですか……」  お金が欲しくないと言えば噓になるが、今の僕には億万長者になるような心の余裕はない。大きな家だって、新卒の独り者には、かえって負担になるばかりだ。何より……。 「僕、今あんまり幸せになりたくないんです」 「どういうことですか?」  天使が目を丸くしている。天使でも、こんな驚き方をするのか。 「そんなことを言われたのは、初めてです」 「飼っていた犬を亡くしたばかりで……モモのことを忘れて自分だけ幸せになる気になれないんです」 「……大事な子だったんですね?」 「……ええ、僕が子どもの頃からずっと一緒に育ってきた、妹です。でも、ここ数年は、あまり会ってやれなくて……しかも最期を看取ることもできなかったんです」 「……そうですか……」  天使は哀しそうな顔をする。僕の悲しみに共鳴してくれたのだと思うと、胸が熱くなった。モモとのことは、友達にも話していない。たかが犬のことじゃないか、という反応をされるのが怖いからだ。だから、自分事のように悲しんでくれる天使がいて、僕は少しだけ、あたたかい気持ちになった。 「でも困りましたね。お礼は必ずしなければならないことになっていますから……」  天使は本当に困った顔をしている。その顔を見て、僕も困ってしまった。 ──そのままお互いしばらく見つめ合っていたが、天使のほうから口を開いた。 「それでも、何とか……他にありませんか? でないと私、降格になってしまいます」 「えっ。降格?」
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