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「雨、止んだけど、すっかり暗くなっちゃった。急がな…きゃっ!」
水たまりが、姫子の靴と靴下を濡らす。
雨上がりの夜道。
「みんな雷雨が悪いんだからー! …でも、季節のモンブラン美味しかったな」
突然の雷雨に姫子が飛び込んだのは、喫茶アガツマだった。似たような理由で店にいる客たちと共に、彼女も閉店間際までお茶とケーキ、そしてソーダを楽しんだのだ。
週末で色付きソーダを解禁した姫子は、ジンジャーエールを飲み明るい茶色の髪をしている。
「今日は栗名月だって、マスター言ってた。…月が栗色なのかしら」
「十三夜です。あ、そのまま」
背後からの声に、思わず振り返りそうになるのをなんとか我慢して、そのまま頭を下げる。
「こんばんは、先日はありがとうございました!」
「こんばんは、素敵な髪のレディ」
十五夜に会った『お忍び』の紳士。まさか、また会えるなんて。
「十三夜は名月のひとつで、ちょうどこの時期に採れた栗や豆をお供えしたから栗名月です」
「あ、ありがとうございます! …今日も、喫茶アガツマにその、お忍びで…?」
ふふ、と小さく笑った声がした。
「最近はまた、十五夜と十三夜、片方だけ見るのは良くないだの言うようになったそうですね。あのままでは見れそうもないので」
ふと、明るさを感じて顔を上げる。
「あ」
いつの間にか雲がはれて、月が出ていた。
「一仕事した後は、暖かいコーヒーが欲しいもんです」
家に入る前に、姫子はもう一度、空を見上げた。
少し欠けているように見える月。
『素敵な髪のレディ…だってえ!』
自分の髪を見る。ジンジャーエールの色だが、喫茶アガツマで食べたモンブランの色にも少し似ていた。
「栗名月。うふふ」
靴は濡れていたけど。
さっと髪を整え、レディのように姫子は家に入った。
(了)
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