深夜、走る箱のなかで

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 トイレに行って自分の席に戻ると、とたんに狭苦しく感じるようになった。  そうだ。おじさんの席は最前列で窓際だったから、景色がよくみえた。僕の席には前にも人がいて気を遣う。再び酔わないように、僕は予約していた4-C席から、空席だった4-D席に移動することにした。  ここなら前は見えないが、横の窓からは外の月がよく見える。酔った時は遠くをみろという話を聞いたことがあった気がした。  一〇月二九日。今夜の月は、満ち足りたように煌々と輝いている。ハンターズムーンという名らしい。  おじさんはわかっていて僕をよんだのかもしれない。  お礼を言いたかったが、気づいた頃にはもうバスは発進していて、最前列の席をみても、寝顔が見られないようにするカバーのカノピーが使われているようだった。流石に寝ているところを邪魔できない。  諦めて、イヤホンを耳につけると、僕もカノピーをおろした。  外では相変わらずバスが夜風を切り裂いていた。
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