深夜、走る箱のなかで

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「あのー、バス着きましたけど」  二の腕を叩かれて、僕はのびをした。身体に酸素を送り込むと頭が冴えてきて、声をかけられていることに遅れて気づき、慌てて目を開いた。見知らぬおじさんが遠慮がちにこちらを覗き込んでいる。 「あ、すみません!」 「いや、いいけど、乗りません? このバス待ちでしょ?」  違ったら申し訳ないけど、と、おじさんは肩越しに後ろを指さした。関東へ向かう、目的のバスだった。 「ありがとうございます! 乗ります」 「よかった。もう出発するよ」  おじさんもこのバスに乗り込むのか、大きなカバンを運転手に預けた。出発時間が迫っているので、僕が立ち上がるより先に「これいいかな」と声をかけて、僕の荷物を運んで運転手に預けてくれた。 「お先にどうぞ」 「すみません」  まだ寝ぼけた僕には、おじさんの心遣いがとてもありがたく、つい甘えてしまった。  僕はバスに乗り込んでから、席番号がわからないことに気づき、慌てて予約情報メールを確認した。  段取りの悪い僕に、おじさんは一歩後ろで待って、それまで触っていなかったはずのスマホをのんびり触り出して、急かさないでいてくれた。 『四-C』  座席番号は前すぎず、ちょうどいい場所だった。最前列だと運転席が気になって、夜、眠るに眠れない。幸い、隣の席に人は来ないようだった。  おじさんはというと、その僕が嫌がっていた最前列のようだ。窓際に座っている。恐らく、座席番号でいうと、一-Dになるのか。  僕らが乗車して五分後、バスは出発した。  どうしても朝起きるのが苦手な僕は、他人に迷惑にならないよう、イヤホンを繋げてアラームを設定する。本当にイヤホンからしか音が出ないようになっているか、自宅で何回か検証済みだ。  いつも夜更かししている僕には、まだ寝るには早い。周りの人も皆同じように思っているらしく、まだ寝ず気ままに過ごしている人ばかりだ。  ただ、おじさんは最前列でもう寝て明日に備えようとしているのか、カノピーとよばれる、寝顔を隠せるフェイスフードを座席から下ろしている。  普段、バスの中で眠るなんて経験のない僕には、いきなり寝ろと言われても寝れるわけがない。  手持ち無沙汰になり、なんとなく立ち上げたスマホで、ソーシャルゲームをし始めた。
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